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act.9極彩カメリア<49>

「藤沢さんと連絡取ってること、二人に話したいんですけど、ダメですかね?隠し事したまま二人と仲良くするのってその、気まずいといいますか」 波琉にまで嫉妬を向けてくる双子に対して馬鹿正直に火種を投下しなくても。波琉はそう思うが、こうした正直さも小太郎の魅力だ。だが、持ちかけられた側の葵が不思議そうな顔をしているのがどうにも解せない。 「……え?あ、そっか。二人のこと心配してるってバレたら嫌がるかなって思って内緒にしただけで、全然いいよ。ごめんね、困らせちゃって」 葵としてはオリエンのあいだだけのつもりだったようだ。小太郎は葵の回答に拍子抜けし、そして安堵の溜め息をついた。本当の問題はあの二人が小太郎との仲を認められるかどうかなのだから、安心するのはまだ早い。 葵は自分から二人に説明すると提案してきたが、小太郎はそれを断り自分の口で話すことを選んだ。葵に任せておいたほうがいいだろうに、つくづく真っ直ぐな男だ。恋敵に正々堂々と挑むモーションに見えてならないのだが、これもきっと小太郎には自覚のないこと。 「それじゃあ藤沢さん、また連絡します。モモちゃんも色々ありがとっ」 悩み事が解決してスッキリした様子の小太郎は弾んだ声で波琉にも手を振ると元いた場所に戻って行った。 次のチェックポイントに向かいながら、葵は小太郎と話していた時の笑顔のままこちらを見上げてきた。 「百井くんって“モモちゃん”って呼ばれてるんだね」 「そう呼ぶのはコタローぐらいですけどね」 学内の知り合いは大抵百井と苗字を呼び捨ててくる。もう少し打ち解けた仲だと“モモ”とか下の名で呼んでくるけれど。 「もしかしてあんまり好きじゃない?」 「いや、別に。そんなにこだわりないっすよ」 小学生の頃は同級生に“桃”という名の女の子がいたせいで、からかわれた嫌な思い出はある。でも高校生にもなってそんないじり方をしてくる生徒はいないし、小太郎だって親しみを込めて呼んでくるのが分かるから嫌だと思ったこともない。逆にこう呼んでほしいという要望もなかった。 「今日ね、百井くんと二人になった時に聞いてみようって思ったの。どんな呼び方がいいかなって」 葵の中では“波琉くん”が有力候補だったらしいが、小太郎の呼び方を聞いて心が揺らいだと真面目な顔で教えてくれる。 波琉はさっき告げた通り、呼ばれ方にこだわりはない。葵の呼びやすいもので構わない。そう返そうとした時、葵は波琉よりも一歩前に進むとくるりと振り返ってどこかはにかんだ表情を浮かべてこちらを見つめてきた。 「百井くんともっと仲良くなりたいから」 きっとこの笑顔に彼らは落とされたのだろう。波琉だって何かを大きく揺さぶられた衝撃を受けた。 突然現れた波琉を嫌な顔一つせず受け入れ、丁寧に世話を焼こうとしてくれる葵のことは親切な先輩だと思っているし、周りに妙な噂をされているところを見れば不快に思うぐらいには好意を持っている。でもそうした対象では見ていないつもりだ。 自分は生徒会で得られる報酬を享受しながら、小太郎の恋を見守るぐらいの距離感で構わない。 「好きに呼んでください」 「……あ、うん。ごめんね、変なこと言って」 突き放されたように感じたのだろう。早々にこの空気を変えるためか、葵は仕事の話題へと舵を切ってしまった。 その表情に、やけに胸の締め付けられる思いがした。

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