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act.9極彩カメリア<50>

* * * * * * 帰国した日に中庭や生徒会室を訪れはしたが、グラウンドまでは足を踏み入れなかった。体育祭の日が近づいているからか、花形競技であるリレーだけでなく学年別の競技に向けての準備をしている生徒たちの姿が多く見受けられる。 その誰もが遥の姿を見つけると一瞬驚いた顔をして、そして会釈を送ってきた。すれ違ったあとに、男子校に似つかわしくない黄色い声を上げる者までいる。卒業からもうすぐ三ヶ月が経つが、慕ってくれる生徒はまだまだいるらしい。 「ごめんな、忙しいところ呼び出して」 特別棟の方角から現れた奈央は先輩を待たせているとあって、全速力とは言わずとも小走りでこちらにやってきてくれた。突然連絡をしたのはこちらなのだから、いくら待たされても文句など言うはずがないのに、彼もまた、良い後輩である。 「何かあったんですか?」 「うん、まぁな」 ベンチの隣に腰を下ろすなり本題に入ろうとする奈央を宥め、遥はもう一度グラウンドに視線をやった。 去年の今頃は遥も冬耶と共にそれぞれの団員を率いて練習に明け暮れていた。その傍らで役員としての仕事も進めるのはなかなかにハードだったが、振り返るとただ楽しい思い出となっている。 「今年はかなり趣向変えるんだって?」 「はい、二人とも泥臭いのは性に合わないって」 「二人っていうか、主に月島のほうだろ?」 友人一人を戦犯にしないために奈央は濁したけれど、遥が指摘すると苦笑いを浮かべてきた。図星なのだろう。 忍はああ見えて与えられた役割を全うしようとする気概はある。例年通りの団長を演じるつもりではいたと思う。 問題は櫻のほうだ。元々得意分野であるピアノですら、学園行事で伴奏をやるのも嫌がっていた。指を守るという名目で体育も葵に負けず劣らず見学ばかりしているし、声を張り上げて団員を率いる姿など想像がつかない。 困り果てた実行委員が編み出したのは、敵国同士として歪み合うキングとクイーンの物語だった。体育祭でやる競技自体は変わらないが、それぞれの組の生徒は一般兵となり己の主君に勝利を捧げる演出となったらしい。 まめに連絡をくれる瀬戸に対し、二人は先頭に立つのではなく玉座で構えているほうが似合う、なんて気まぐれに返したことがヒントになってしまったようだ。結果的にその方向でうまく進んでいるのなら問題はないが、来年度のハードルがさらに上がってしまったことがやや心配である。 「最近葵くんが忍の代理をやってくれてるんですよ」 「そうらしいね。あの子、ぼんやりしてるように見えて誰も気付かない細かいところにも気遣えるから。向いてると思うよ」 真面目で頑張り屋な気質だけでなく、今まで人目を避けて端っこで過ごしてきたからこそ、似たような生徒への気配りも出来る。歴代には居なかったタイプの生徒会長として活躍できると信じていた。奈央もその考えに同意はしてくれたが、彼なりの気掛かりを打ち明けてくる。 「瀬戸の葵くんへの態度が少し……」 「あぁ。でも葵ちゃんを傷つけるようなことはしてないだろ?」 「それはそうなんですけど。それがまた厄介というか」 瀬戸が嫉妬をむき出しにして葵を責めようとすれば止めに入れるのだが、あくまで業務的な会話の中でチクリと棘を刺すような真似をしているらしい。

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