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act.9極彩カメリア<52>
「俺だって本気で三人を疑ってるわけじゃない。都古がバルコニーを気にしてたのも気掛かりだし」
葵が発熱した朝、都古は不審な動きをとっていた。彼は葵が夢遊病だと思い込んでいる事象について、何らかの心当たりがあるのかもしれない。
「俺の疑いを晴らしたいなら犯人見つけて」
「はい、分かりました」
忍、櫻、そして幸樹。奈央にとっては大事な友人に違いない。遥が別れ際に与えた司令にはいつになく強い目で応えてきた。
奈央とはそこで別れ、遥はグラウンドを挟んでちょうど対面に姿が見える後輩の元に向かう。彼の視線の先はリレーの練習に勤しむ生徒たちの群れ。その中でも一際小さく、そして元気に走り回っている七瀬だった。
「久しぶり、元気?」
元々遥が近付いてきたことに気が付いてはいたようだ。綾瀬はさして驚く様子は見せず、けれど礼儀正しく会釈を送ってくる。ウェーブのかかった髪質の七瀬とは違い、綾瀬はそうして頭を揺らすとさらりと流れる真っ直ぐな髪をしている。双子とはいえあらゆるところが似ていない。
「都古だけじゃなくて七瀬もリレー選手になったの?」
「烏山の代理です」
「代理?」
二人ともがジャージ姿で練習に混ざっている。それのどこが代理なのか疑問に思って聞き返すと、綾瀬は事の経緯を説明してくれた。
怪我をした都古の代わりに、フルで走る練習では七瀬が代わりを務める。ただしバトンパスの練習だけは都古が出るという分担をしているらしい。
「それって意味あるのかな」
「……二人とも真剣なので」
綾瀬の反応を見るに、遥と似たような感想を抱いているのが分かる。でも二人が編み出した解決法を尊重したのだろう。
同じチームのメンバーも無茶苦茶な提案を素直に受け入れなかったようだが、七瀬がリレー選手として十分に走れる実力を持っていたことと、何を言っても断固として聞き入れない態度で折れたとも聞かされた。七瀬の今の立場は“補欠”なのだという。
「葵ちゃんだけじゃなくて、都古の面倒まで見てくれてありがとな。京介はまだ反抗期に片足突っ込んだままだし、本当に助かってるよ」
遥が西名家から葵を連れ出したように、綾瀬たちは学園での生活を葵に定着させてくれた。おまけに今はあの我儘な猫のことまで気にかけてくれているのだ。同級生の立場で支えてくれる彼らには感謝しかない。
「俺は何もしてませんよ。頑張っているのは七だけで」
綾瀬はどこか遠い目をして七瀬を見つめる。
「七瀬がああして他を構うのはストレス?」
包み隠さずに彼の本心を探れば、表情に乏しい綾瀬が珍しく驚いた顔をしてみせる。クールなようで彼は七瀬に強く執着していた。だからそういった類の悩みかと思ったのだが、予想は外れたようだ。
「西名さんに藤沢の話を聞いてからずっと考えているんです。俺は藤沢に何をしてやれるんだろうって」
「今まで通り接してくれればそれで十分だよ」
冬耶が葵の過去と今置かれている状況について打ち明けたのは、特別なことをしてほしかったからではない。ただ葵が自ら馨の手を取ることがないよう、この学園で安定した日常を送れるように寄り添っていてほしいだけ。
「今回は先輩方に勉強を教わったみたいですし、いよいよ何の役にも立ててないなと」
試験勉強に付き合うのは遥や綾瀬の役割だった。でも先日行われた中間試験では生徒会の役員たちにその責を担わせた。冬耶は役員たちに負担を掛けてしまったことを気にしていたが、人知れず綾瀬を悩ませてしまっていたようだ。
彼なりに葵を友人として大事に思ってくれているのは知っていたが、これほど可愛い悩みを抱えているとは思いもしなかった。
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