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act.9極彩カメリア<53>
「自分に出来ることを探して実際に行動に移せる七を尊敬しています。同時に、自分の不甲斐なさが浮き彫りになる気もして」
綾瀬は己の胸の内をあまり話さないが、ネガティブな思考が強いことは薄々察していた。七瀬への執着や嫉妬心が強いのも、そのせいなのだと思う。遥からすれば大人びて見えても子供っぽい側面がある綾瀬をやはり可愛いとしか感じられないのだが、本人にとっては深刻な問題なのだろう。
もしかしたら遥や冬耶が期待するような結論に辿り着くのもそう遠くない話なのかもしれない。
「綾瀬にしか出来ないこと。綾瀬だから出来ること。必ずあると思うけどな」
「そうでしょうか」
「少なくとも俺は一つ浮かんでる」
綾瀬はすぐにヒントを欲しがる目を向けてきたが、はぐらかすように笑いかけるとそれ以上深追いはしてこなかった。尋ねたところで遥が自分で答えを見つけさせるつもりであることを早々に察したようだ。やはり彼は聡い。
「すみません、自分の話ばかり」
「いや、全然。むしろいいよ、もっと話して」
周りからはしっかり者と見られがちな綾瀬のことだ。遥のようにたまに顔を合わせる程度の年上が相談相手としては気が楽なのだろう。こうして自然と本音を吐き出してくれることはこれまでにもあった。
冬耶と七瀬が率先して葵を連れ出してふざけようとするから、必然的に綾瀬とは彼らを見守る保護者のような立ち位置で二人きりになることも多かった。出会った当初はさほど会話は弾まなかったが、それなりに心を開いてくれているのだと思う。
でも綾瀬はそれ以上弱音を吐くことはなかった。恋人が練習の隙をついてこちらに駆け寄ってきたからだ。
「ねぇねぇ、差し入れは?」
遥が手土産を持参してきたことを期待したのだろう。七瀬は挨拶もそこそこに甘えた声を出してくる。だが今日七瀬に会うとは思わなかったから完全に手ぶらで来てしまった。素直に詫びれば七瀬は思い切り残念がって見せたが、久しぶりに遥と会えたことには素直に喜びを表してくれる。
「相良さんは体育祭、見に来るの?」
「うーん、それまで日本にいるかは微妙だな。もうすぐって言ってもまだ二週間はあるし」
せっかくだから後輩たちの頑張りを見て行きたい気もするが、一ヶ月もフランスを離れるのはさすがに想定していなかった。でも馨や椿の問題は大きな動きがないまま。葵の安全を確保してから帰るという目標とどう折り合いを付けるべきかをそろそろ判断しなくてはならない。
「帰る前にまたお菓子作ってね」
「いいよ、何食べたいか葵ちゃんと考えておいて」
リクエストに応えてやれば、七瀬は大きく返事をしてまた輪の中に戻っていった。後輩というよりも幼い親戚の子といった感覚に陥るが、あれでいてドライな考えを持っているのが彼の面白いところだ。
「じゃあ俺もそろそろ行こうかな」
「藤沢には会って行かないんですか?」
辺りがすっかり茜色に染まり、そろそろ完全に日が沈むのを察した遥は自身もこの場を離れることを選んだ。綾瀬は葵のことを気に掛けてくるが、昨晩も今朝も思い切り甘やかしてやった。それに生徒会の仕事に集中しているであろう葵の気を削ぎたくはない。
「本当は都古とも話したかったんだけど」
遥に問い詰められたくないことが色々あるのだと思う。こちらに視線すら向けない都古を無理に練習から連れ出しても、チームに迷惑が掛かってしまうだけだろう。
来客用の駐車場に向かう道すがら、遠くで見知らぬ後輩と会話をする葵の姿を見つけた。彼が生徒会に新たに加わった“百井くん”なのかもしれない。葵は彼とも仲良くなりたいと意気込んでいたが、果たしてうまくいっただろうか。
次に会う時に葵からどんな報告を受けるか楽しみに思いながら、遥は母校を後にした。
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