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act.9極彩カメリア<55>

「もう奈央さんたちと一緒のお泊まりの行事はないんだなって思うと、ちょっと寂しいです」 もうすぐ行われる体育祭や秋にある文化祭など、まだ全学年揃っての行事はあるが、泊まりがけのイベントは春の歓迎会だけ。次に行われるときは大好きな先輩たちが皆卒業してしまっているのだと思うと、本当は“ちょっと”どころの話ではなく寂しくて仕方ない。 「でも今年もやるんじゃないかな?夏の合宿」 「……合宿?」 「うん、文化祭に向けての練習も兼ねて毎年の恒例になってるから」 奈央に言われて、そういえば去年冬耶と遥が揃って不在の期間があったことを思い出す。確かに二人とも生徒会の合宿だと言っていた。まだ役員になる前だった葵は、そのあいだ七瀬たちの家に遊びに行ったり、京介や両親と出掛けて寂しさを紛らわせていた。 「予算も組んでるし、体育祭が終わったら計画立てようか」 「はい!」 仕事の一環だとしても、先輩たち皆と出掛ける機会がある事実は葵の心を弾ませる。去年は海の近くにある施設を借りて、練習はそこそこに、ほとんど遊んで過ごしたと聞くから尚更だ。 「二人も行けるといいな。それから、百井くんも」 先輩だけでなく、葵の頭には後輩たちの顔も過ぎる。まだ選挙の時期は決まっていないが、三人ともが役員に就任し、そして合宿にも来られることを願うばかりだ。 「今日はずっと百井くんと一緒だったんだよね?色々お話できた?」 「はい、すごくしっかりしてて沢山助けてもらいました」 生徒会の仕事自体に特別な興味を持ってはいないようだが、報酬に見合った働きはするつもりだと言っていた。その宣言通り、彼は毎日活動に参加してくれるし、爽に教わりながら後輩としての立ち回りを積極的に覚えようとしてくれる。 爽は波琉と共に活動することには難色を示しているものの、葵自身は波琉ともっと仲良くなりたいと思い始めていた。ただその気持ちが先走りすぎたのか、呼び方を変えたいという提案は彼を戸惑わせてしまった。 もしかしたら波琉とうまく会話を弾ませられたなかったことで、落ち込んだ顔をしていたのかもしれない。生徒会室に戻る直前、波琉は改めてどんな風に呼んでくれても構わないと告げてくれた。その態度もまた、大人びた印象を与えた。 「僕が一年生だった時とは全然違うなって思っちゃいました。いつも奈央さんの後をついていくことしか出来なかったから」 「そう?すごく助けてもらったよ」 葵が気弱なことを言うと、奈央はココアの注がれたカップをテーブルに置いて体ごと葵のほうを向き直してくれた。こうして些細な仕草一つでも、彼の優しさを感じられる。 「あ、ごめんなさい。落ち込んでるわけじゃなくて、もっと頑張らなくっちゃってやる気になっただけです」 ただの誤魔化しではなく、本心ではあった。葵を導いてくれた先輩たちのように、今度は葵が後輩を守れる存在でありたい。奈央を安心させるように笑いかけると、彼もまた、笑顔を返してくれた。 「慰めじゃなくて、本当にそう思ってるからね?今だってずっと忍の代わりを務めてくれて。葵くんのこと、頼りにしてるよ」 奈央が嘘を言っていると思っているわけではない。でもやはりそんな言葉を貰えるほど役に立てているとも思えないのだ。周りの助けがなかったら与えられた役割を全うするのも苦労してしまう。 葵の気持ちを察したのだろう。奈央は少し思案する素振りを見せたあと、今夜やってきた訳を打ち明けてくれた。

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