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act.9極彩カメリア<56>
「葵くんに相談があって来たんだ」
「相談ですか?奈央さんが、僕に?」
奈央は葵に小さな役割を与え続けてはくれるが、改まって相談をされたことはない。時折元気をなくす奈央の様子には気がついていたけれど、何も出来ないことが歯痒くて仕方がなかった。だからこんな風に奈央に切り出されれば、嬉しい反面それほど追い詰められているのかと心配にもなる。
今まで奈央に助けてもらったことは数え切れないほどある。でもその全ての恩を返せるように張り切る葵に求められたのは、数日夜を共にしてほしいという細やかな願いだった。
「それは全然構わないですけど……それだけでいいんですか?」
「うん、一人で部屋にいると色々考え過ぎちゃって」
奈央の言うことは葵にも心当たりがあった。悩みや迷いがとめどなく溢れ、溺れてしまいそうになる。誰かが傍に居てくれるだけで安心出来る気持ちもよく理解が出来た。
葵と違って、まだ入浴も済ませていなかったという奈央を一度見送り、葵はそのあいだ急いで客を迎え入れる準備を整える。といっても、シーツや枕カバーを洗い立てのもの交換するぐらいですぐに終わってしまう。
あっという間にやるべきことを見失った葵は窓辺に座り、風に乗ってやってくる甘やかなメロディに耳を傾けて奈央が帰ってくるのを待つ。
奈央が何に悩んでいるのか、もう少し踏み込んで尋ねてみてもいいだろうか。それとも彼から話してくれるまで待つのがいいのか。昼間櫻と交わした会話が再び頭を過ぎる。
もしも奈央の悩みが以前学園内までやってきた加南子であるなら、葵が力になれることは何もないかもしれない。それでも話を聞くぐらいは出来る。週末約束をしたように、出掛けて気晴らしになるならいくらでも付き合う。
映画が好きだと言っていたし、今度は葵から映画館に誘ってみるのもいいかもしれない。試しに今上映している映画の情報を携帯で調べてみる。
奈央は近未来を描いたSFや、異世界を旅する冒険物語をよく観ると言っていた。現実世界とリンクしないジャンルのほうが気楽に見られるからだと教えてくれたが、それは彼が日常に疲れを感じているからだろうか。
そうして悩むうちに再びチャイムの音が鳴った。相手はもちろん奈央だ。
「あ、奈央さんの髪乾かしたかったのに」
焦げ茶色の髪がすっかり乾いているのに気が付いて、葵はそんな恨み言を口にしてしまう。前回は奈央を笑わせてしまった上に、自分のほうが先に寝るなんて失態を犯してしまった。今日がリベンジのチャンスだったのに、頼むのをすっかり忘れていた。
「ごめんね、すぐに乾かさないと風邪引いちゃいそうだったから。葵くんこそちゃんと乾かさなくて大丈夫?」
葵を宥めるために頭に手を置いた奈央は、髪が乾き切っていないことに気が付いて心配そうな目を向けてくる。昨日は遥に、そして一昨日は京介に手伝ってもらったが、やはり自分の手でドライヤーを操るのには苦手意識が強く残っていて難しいのだ。
「乾かそうか?」
「……でも、今日は僕が奈央さんに面倒を見てもらうのはちがうから」
「そう?僕はこういう時間も楽しくて好きだけどな。葵くんは?」
そう尋ねられて否定するわけがない。葵が頷くと、奈央は手を引いて洗面所に連れて行ってくれる。
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