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act.9極彩カメリア<60>
葵の元に向かうのはやはり反対なのだろう。物言いたげな徹を一人残し、若葉は以前寮監から奪った鍵を手の中で転がしながら屋上へと向かう。葵を外に呼び出すほうが楽ではあるが、連絡が返ってこない以上、またあの面倒なルートを辿らざるを得ない。
でも不思議と気分は悪くなかった。いつも若葉の意表をつく行動をとる葵のことだ。ベランダで眠りこけている以上の驚きを与えてくれるような期待があるからだ。
その期待通り、屋上経由でベランダに降り立った若葉は室内の状況に驚かされはした。だがそれは若葉を笑わせるようなものではなく、腹の中にドス黒い何かを湧き上がらせる。
閉ざされたカーテンの隙間からでも、寝室の真ん中に置かれたベッドで眠る二人の人物が確認できた。後頭部しか見えないが、月明かりに溶けてしまいそうなほど淡い色をした金髪は葵の他にいない。そしてその葵を何からでも守るかのように抱えているのは奈央だ。
奈央は怒りを携えている時ですら人の良さそうな空気を纏い続けるが、葵を腕に抱えている今はただひたすら幸福に満ちた寝顔をこちらに向けている。それが無性に若葉を腹立たせた。
「王子サマはモテるねぇ」
奈央には雨の中会いに来るほど熱心に慕ってくる少女がいる。未里だって、金を払ってまで若葉に抱かれたがる淫蕩な性分ではあるが、長年奈央を思い続けていることは間違いない。
口では多方面から思いを寄せられる奈央を揶揄する言葉を吐き出すが、その表情には苛立ちが滲んでいた。
今夜若葉が食べるはずだった獲物を横取りされたのだ。腹が立たないほうがどうかしている。今すぐにでも窓ガラスを破って葵を奪いたくなるが、それではこの怒りを鎮めるのには足りない。
若葉は元来た道を戻りながら、未里に連絡を入れる。
“明日奈央サマ誘ってこい”
まだ起きていたのだろう。すぐに未里がメッセージを読んだサインは灯るが、返信はなかなか返ってこなかった。
若葉が寮のエントランスまで降りてきてようやく未里からの返事が届く。
“奈央様は巻き込まないで”
若葉に抱かれながらも奈央の名を口にするほど欲しているというのに、相変わらず綺麗事ばかり口にする未里にもうんざりさせられる。機会を作ってやるのだから素直に喜べばいいのに。
未里の本性をむき出しにすべく、窓から見えた光景を切り取った写真を送りつけてやる。そして追い討ちをかけてやれば、未里は簡単に堕ちてきた。
“葵チャンに先越されちゃったネ”
奈央は清廉潔白を絵に描いたような人物だし、葵は容姿も中身も色恋には縁遠く思えるほど幼い。未里は言葉では葵を自分と同じように数多の男と寝る“ビッチ”と罵りながらも、奈央とは一線を超えていないと信じているようだった。だが、同じベッドで身を寄せ合って眠る姿を見れば、正気ではいられないだろう。
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