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act.9極彩カメリア<65>
幸樹の疑問には答えずにただ手元のグラスを睨みつけるように見下ろしていると、いつのまにか祐生がカウンターの中に戻ってきてきた。
「最近ほんまに立て込んでるんやって」
こちらの様子を窺うように視線を投げてきた祐生に対し、幸樹は京介の代わりに不毛なやりとりへの蹴りをつけた。それが全ての理由ではないが、嘘ではない。
「そっか、残念だな。夏休みとかさ、また金が入り用になったらいつでも連絡してよ」
これ以上粘っても無駄だと判断したのだろう。祐生は本当に名残惜しそうな表情で笑いかけてくる。こうした反応をされると、さすがに良心が痛まないわけではない。現状に対してのやり場のないストレスを、祐生に怒りを向けることで発散したかったのかもしれないと、少し冷静になった頭で思い始める。
「でも困ったなぁ、本格的に求人出そうかな。誰か周りにいい子いない?」
「んー、いるっちゃいるけど」
「お、本当に?どんな子?」
祐生の嘆きを受けて、幸樹は後任の候補がいると言い出した。そのやりとりに興味を示さず、氷が溶けかけて薄くなったコーラに口を付けた京介だったが、その存在が後輩だと聞いてさすがに無反応ではいられなかった。
京介も人のことを言えたものではないが、幸樹は学園内の交友関係が極端に狭い。知る限り、まともに会話しているのは生徒会のメンバーぐらい。以前は学内でもアプローチをかけてきた相手と適当に遊んでいたようだったが、歓迎会を境にそうした関係も清算したらしい。
だから幸樹のいう後輩は必然的に生徒会の誰かの可能性が高いと感じたわけだ。
「カラオケバイトの経験あり。祐生さんと同じ、サーフィンが趣味の子」
「おぉ、いいね」
「金には困ってるみたいやから、結構がんばるんちゃう?」
てっきり祐生の肌の色は人工的に焼いたファッションだと思っていたのだが、どうやら海に出るのが好きだったらしい。無関心を装いながらも隣の会話に耳を傾けていた京介は、自分が今までいかに祐生を知ろうとしてこなかったかを実感する。そうした態度が彼を極端な行動に走らせたのかもしれない。
同じ趣味を嗜んでいると知って俄然乗り気になった祐生は、幸樹の後輩とやらを一度店に連れて来いと誘いをかけていた。何を気遣ったのか、京介の帰りも待ち続けるなんて言葉を付け加えて。
にこやかに手を振る祐生の見送りを受けながら店を出ると、湿気を含んだ生ぬるい風が頬を撫でてきた。望み通りバイトを辞められたはずなのに、どうにも清々しい気分にはなれない。
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