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act.9極彩カメリア<67>
* * * * * *
ガラスを叩く雨の音で目を覚ました葵は、反射的に隣で眠る存在にしがみついてしまう。でも慣れ親しんだ体つきではないことに気がつき、そこでようやく意識が覚醒した。
慌てて体を離そうとするが、腕を掴まれて引き止められる。
「どうしたの?大丈夫?」
「ごめんなさい、起こしちゃって」
眠りを邪魔するつもりはなかったのだと釈明しても、奈央は怒るどころかひたすら心配そうな目を向けてくる。いきなり胸の中に飛び込んだのだからひどく驚かせてしまったのだろう。
「間違えちゃっただけなんです」
「間違えた?……あぁ、もしかして西名くんと?」
共に眠るのが当たり前の存在といえば、京介や都古で間違いない。けれどそれはあまりにも子供っぽすぎて素直に認めるのは憚られる。だから葵はベッド脇に控えていたクマのぬいぐるみを言い訳に使うことにした。
「えっと、奈央さんの髪と同じ茶色だし」
咄嗟に思いついたにしてはもっともらしい理由が作れたと思ったが、よくよく考えると幼馴染を恋しがるよりもぬいぐるみを頼るほうがより幼いような気もしてしまう。その証拠に、奈央は一瞬面食らったあとクスクスとおかしそうに笑い始めた。
「そっか、この子に間違えられたなら光栄だな。葵くんにとって大事な子なんだよね?」
「あ、はい……すごく」
最初はただ京介と行った動物園の思い出として可愛がっていた。けれど、贈り主が馨だと分かってからは一層特別な存在になっている。子供っぽさをからかうことなく優しい目を向ける奈央に対し素直に頷くと、褒めるように軽く頭を撫でられた。
ベッド脇に置いた時計は、普段の起床時刻よりも一時間早いことを示していた。葵はもう一度布団に潜り込もうとしたが、奈央はそのまま自分の部屋に戻ると告げてきた。あとでいつものように他の先輩たちと共に迎えに来ると言われたけれど、もう少し共に居られると思っていたから寂しい気持ちは否めない。だが、葵の部屋に泊まったことがバレるのが恥ずかしいと言われてしまえば、それ以上引き止めることは出来なかった。
二度寝する気はすっかり失せて、葵は時間を潰すために昨夜から放置したままの携帯に手を伸ばした。いくつか届いていたメッセージ一つ一つに朝の挨拶を添えて返事をしていると、京介から真っ先にリアクションが返ってきた。それもメッセージではなく電話で。
『もう起きてんの?なんかあった?』
開口一番こちらを心配する声が掛けられる。
「ううん、早起きしただけ。大丈夫だよ」
『雨?』
葵の習性を理解しきってる京介からすればこの程度予測するのは造作もないことなのだろう。目覚めた理由をあっさりと言い当てられてしまう。余計な心配をかけないために否定をしかけた葵の言葉を遮って、京介は“降りてこい”とだけ告げて電話を切ってしまった。
昔に比べればもう随分克服出来たというのに、苦手な雨の日はいつも以上に京介は優しくなる。電話越しの声だけでなく、直接顔を見て葵の様子を窺おうとしてくれているのだろう。
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