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act.9極彩カメリア<69>
「なぁ、葵」
都古との関係について会話をするべきか悩むうちに、先に京介から声を掛けられる。振り仰ぐと彼は神妙な面持ちでこちらを見下ろしていた。
「しばらくバイトないから。また夜はこっち来てもいいけど」
京介の元に逃げ込んだ翌日、宮岡とのカウンセリングで取り乱してしまったのだ。心配を掛けるのも無理はない。こうして朝から葵の相手をしてくれることもそう。
「バイトお休みするの?」
「まぁ、金はそこそこ貯まったし。それに次の試験はもうちょっと点数とっておきたいから」
免許の取得やバイクの購入といった目標があることは知っていたし、それが叶ったから頻度を落とすという話自体を疑わしく思っているわけではない。他の生徒たち同様、三者面談前に行われる期末試験で良い結果を、というのもごく自然な話だ。
けれど、高校に上がってから両親や冬耶に注意を促されても頑なに深夜帯のバイトを続けていたことも知っている。このタイミングでは、別で理由があるのではと疑いたくもなる。
「このあいだの店長さんとのこと?」
「いや、それは関係ない」
京介はあっさりと否定してみせるが、真っ直ぐに見上げた葵の目を見つめ返してはこない。そしてそれ以上の追及を拒むように、もう一度、眠るときは京介の部屋に来るよう誘いをかけられた。
「でも……」
「またルールがとかいうわけ?こないだ破ったんだからもう関係ねぇだろ。つーか、兄貴たちだって好き勝手してたじゃねぇか」
「ううん、それもあるけど、ちがくて」
首を縦に振らない葵に、京介は焦れたように頬を抓ってくる。確かに冬耶も遥もしょっちゅう葵たちの部屋に遊びに来てくれていたし、それを誰かが咎めているのを聞いたこともない。ただそれはあの二人が特別に優秀だからな気もするのだ。
それにしばらく奈央と共に眠る約束を交わしてしまっていた。京介にそれを告げると瞳に呆れた色が滲む。
「だから、俺んとこ来れば高山さん頼らなくてもいいだろ」
「ちがうよ。奈央さんが一人で部屋にいるのが嫌なんだって」
「あー、そういう話になってんのな。……ったく、面倒くせぇな」
京介は舌打ちすると、雨でぬかるんだ道を寮の方向に進み始めた。
「奈央さん、皆に知られたくないみたいだから、今の話内緒ね?」
慌てて京介の後を追って彼の差す傘に潜り込みながら口止めをすると、“はいはい”なんて気の無い返事が返ってきた。どこからどう見てもヘソを曲げてしまった様子だ。
「奈央さんが元気になったら、行く、かも」
「“かも”、な」
言い切れないことがより一層京介の機嫌を損ねてしまった。
寮のエントランスにはすでに生徒会の先輩や都古の姿があった。京介が事前に連絡を入れてくれていたらしい。寮の外から帰ってきても誰も驚いた顔はしなかった。ただ都古だけは不貞腐れた顔で、葵の手を引いて京介から引き剥がそうとしてくる。
「今度は三人で見に行こう?ね?」
彼らがぶつからないように提案してみるけれど、どちらも笑顔を見せてくれないどころか、頷いてもくれなかった。
以前のような関係に戻りたいのは葵だけ。それを実感すると、紫陽花を見に行っていくらか浮上したはずの気持ちがまた沈んでいくのだった。
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