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act.9極彩カメリア<70>
* * * * * *
今日は朝からやけに小太郎と目が合う。爽はいたって普通に過ごしていたのだから、きっと小太郎が熱心に視線を送ってきているのだろう。聖も同じ感想を抱いていたようで、二限の授業が終わる頃には鬱陶しそうな態度を隠しきれなくなっていた。
いつも何の気兼ねもなく話し掛けてくる小太郎がこれほど慎重に様子を窺ってくるということは、よほど切り出しづらいことなのだろうか。それならこちらから人気のない場所に連れ出したほうが手っ取り早いかもしれない。そんなことを考えているあいだに、小太郎側の腹がようやく決まったらしい。
小太郎に連れられたのは廊下の端にある非常階段。さすがにこの雨模様では、階段が屋根がわりになる場所とはいえ人影はなかった。
「「で、何?」」
濡れた部分を避けて手すりに背を預けると、隣で同じ体勢をとった聖と意図せず声が重なる。
小太郎は大きく深呼吸をすると、手に握っていた携帯をこちらに差し出してくる。聖が受け取ったそれを覗き込むと、そこにはメッセージアプリの画面が開かれていた。メッセージ相手のアイコンには見覚えがあった。毎日連絡を取り合う存在だからだ。
「ごめん、連絡先交換してました。オリエンの出発前に」
まるでとんでもない罪を告白するかのように頭を深く下げる小太郎を前にして、聖と顔を見合わせた。
表示されているのは彼らが一番はじめに連絡をとり始めた時のメッセージ。その文面から、葵側が小太郎に連絡先を渡したことや、その理由がオリエン中の爽たちの様子が気がかりだったことが読み取れる。
こそこそと連絡を取っていた事実は面白くないと言えば面白くない。けれど発端が自分たちへの葵の愛情だと思えば嬉しくも思えた。
問題なのはオリエン中の小太郎の態度だ。自分たちは小太郎が連絡を取っている相手が彼の想い人だと予想していた。返信を待ち侘びて何度も携帯を確認したり、百面相しながら何度もメッセージを打ち直したりする仕草や、身なりを気にする素振りを見せたことなど随分分かりやすいと笑っていたけれど、その相手が葵とは思わなかった。
「つまり、葵先輩のこと好きになっちゃったってことでいい?」
単純な不機嫌とも取れない複雑な表情を浮かべた聖が単刀直入に小太郎に問い掛ける。友達になったとは素直には認めないだろうが、小太郎に心を開き始めていた聖にとってはリアクションが難しい事態なのだと思う。自分だってそうだ。
だが問われた小太郎は焦るでもなく、ただ間の抜けた顔で見つめ返してくる。
「……え?なんで?」
「なんでって、だから謝ってきたんじゃないの?」
「いやいやいや、俺はただ隠し事してたのが気まずかっただけ。二人に誤解されるのは嫌だからさ」
慌てて否定してくる小太郎の表情に嘘はない。短い付き合いの中でも、彼が自分の気持ちを平気で偽れるタイプではないことも分かっている。
「ってことは高山先輩タイプってこと?」
「いや、あの人自覚はしてるけど徹底して気付かないフリしてるからまた違うんじゃない?こいつとは」
聖は“こいつ”と言って呆れまじりに小太郎を見やった。確かに聖の言う通り、先輩後輩の関係を保つことに意固地になっている奈央と、状況を飲み込めていない小太郎は同じ括りに入らないかもしれない。
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