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act.9極彩カメリア<72>

「そうだ、モモちゃんからバーベキューの話聞いた?」 「「……なにそれ?」」 「あれ、俺が誘うことになってたっけ。モモちゃんが皆で行かないかって言ってたんだ」 もちろん全くの初耳だ。波琉の口からバーベキューのバの字も出たことがない。そもそも波琉は小太郎と接している時と生徒会にいる時とではかなり印象が異なる。 日に焼けた肌と脱色を繰り返した髪色が波琉の内面すらも派手に感じさせるものの、実際は毎日遅刻せずに生徒会に顔を出し、嫌な顔ひとつせず与えられた仕事をこなしている。周囲に自ら雑談をふっかけることもなく、先輩たちが盛り上がっていても話を振られない限りは積極的に参加することはない。見た目にはそぐわない地味な立ち位置を守っている。 小太郎とそんな話をしていたということは、彼も彼なりに生徒会に馴染むきっかけを模索しているのだろうか。少しは波琉への態度を緩和させてやるべきかと悩んでいるうちに教室に辿り着く。次の授業の担当教員が間もなくやってきたことで、小太郎からの誘いにイエスともノーとも答える前に話は中断されてしまった。 次の試験こそは聖にも、そして波琉にも負けたくはない。気持ちを切り替えて黒板に向き合った瞬間、ポケットに入れていた携帯が震える。教壇に立つ教師に気を遣いながら確認するとメッセージの送り主はすぐ前の席に座る聖だった。 “竹内見張っといて” 今日も午後から仕事に向かうため早退するからなのだろう。放課後、葵の迎えに同行しようとする小太郎を気に掛けているようだ。 “あと百井も” 既読をつけてすぐに追撃かやってきた。食事の時間は出来る限り一緒に過ごしているものの、聖は近頃生徒会活動にほとんど参加出来ていない。そんな聖にとって波琉の存在は不安要素でしかないのだと思う。 適当なスタンプだけ返して画面を閉じかけた爽は、聖の一つ前に届いていたメッセージに目を留めた。送り主は伊吹。斜め後ろから撮られたアイコンは、キャップから覗く淡水色の髪が特徴的だ。横顔は見切れているが、可愛らしい印象を与える顔立ちなのがよく分かる。 朝一番に届いたメッセージは先日宣言された通り、軽音部の集まりについての案内だった。運動部と兼部しているメンバーがこの天候で練習がなくなったため、急遽軽音部で集合することになったらしい。そこで爽のことを紹介したいと言われている。 自分には生徒会の活動があるとやんわり断ってみたが、それなら夕食には混ざってこいと逃げ道を断たれてしまっている状況だ。音楽室での活動のあと、駅前にあるファミレスに行くのが定番なのだという。 やりとりはそこで終わっている。どう返答すれば良いか悩んだまま、時間が過ぎているのだ。 もし伊吹たちと出掛けたことを聖が知ったらまず間違いなく拗ねるだろう。かといって、誘いを断った爽が当たり前のように食堂で葵と夕食をとっていたことが伊吹に伝わったらそれはそれで心象が悪くなることぐらいは理解できる。 それに、この話が葵の耳に回り回って届いた時、悲しませてしまうだろう。それだけは他の何を差し置いても避けたい。こんな調子で朝から堂々巡りの状態なのだ。 授業に集中していないのがバレたのか、問題に答えるよう当てられてようやく爽は現実に引き戻された。

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