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act.9極彩カメリア<74>

カウンセリングから戻ってきた葵を迎え入れた時は、しばらく傍に付き添ってやる必要を感じたけれど、本人がいつも通りの日常を望む以上、見守ってやるしかない。奈央には感謝しているが、時折葵との歳の差が憎らしく感じて仕方なくなることがある。歳が離れているからこそ、兄として接してやれるのだと頭では理解していてもだ。 遥に揺さぶられるでもなく、自然とこうした感情が湧き上がってくるのは危険かもしれない。 「冬耶、これ見て」 思考を正常に戻すべく携帯をポケットに仕舞い込んでいると、いつのまにか絵本を棚に戻し、壁に飾られた絵を眺めていた遥に声を掛けられた。彼の指し示す場所には建物の前に並ぶ二人の子供が並んでいる。本らしきものを腕に抱えた金髪の少年と、その子よりも背の高い黒髪の少年。手を繋いだ二人は揃って笑顔を浮かべていた。 画用紙の右下には“つばき”と記されている。遥はこの絵に描かれた二人が椿と葵のことだと確信して声を掛けてきたようだ。 この部屋には前回も通されている。その際遥と同じように部屋中を見渡したし、椿の名があれば否が応でも目を引いたはずだが、その記憶はない。 「……あぁ、その絵」 疑問に思っていると、トレイに三つ分のマグカップを乗せた久美子が戻ってきた。二人の視線の先にあるものに気が付き、表情を曇らせる。 「このあいだ椿くんが来たあとその絵のことを思い出してね」 施設中を探してようやく見つけ出したのだという。だから以前訪問した時になかったのだと納得がいった。そして久美子は絵の真ん中に大きく破かれた跡がある理由も説明してくれた。 「葵くんがここを卒業したあと自分で破いて捨てちゃって。椿くんはもういらないって言い張ってたけど、そのまま捨てるのは忍びなくてね」 絵の中の二人は笑顔で手を繋ぎ合っているが、現実は椿の望むようにならなかった。引き離されたショックでそうした行動に出たのだと思うと、彼への同情の思いが膨らむ。 当時は椿の存在を知る由もなかったし、葵の命を守ることが何よりも大事だった。西名家に迎えたことを全く後悔はしていない。けれど、昨夜遥との会話に同席していた陽平が口にした言葉が胸に残っている。 “椿くんも一緒に引き取れたら良かったのに” 葵の実兄ならば、陽平にとっても大切な存在。そう言い切る彼が当時椿の存在を認知していたなら、まず間違いなく行動を起こしていたに違いない。 でも西名家との関係値があった葵とは違い、椿にとって自分たちは赤の他人。いくら葵と共に過ごせるとはいえ、すでにある程度の年齢になっていた椿には新しい家族を簡単には受け入れられなかったと思う。 「それで、ええと……あなたも葵くんのお兄さん?」 遥が席に戻ってくると、久美子は素朴な疑問をぶつけた。そういえば遥の素性についてはきちんと紹介していなかった。遥が任せると言いたげに視線を投げてくるから、代わりに彼との関係を説明する。

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