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act.9極彩カメリア<75>

「いえ、彼は俺の友人です。昔から家族ぐるみで親しくしているので、今回の件も力になってもらっています」 「そうなの。ほら、息子さんが二人いるって聞いてたからてっきり。お迎えにも来てたでしょう?」 「あの日のこと、覚えてるんですか?」 冬耶が思わず尋ね返すと、久美子は頷いた。そしてどこか悪戯っぽい笑顔を向けてくる。 「あの時の可愛い男の子が随分大きくなっちゃって。前に会った時はちっとも気が付かなかったわ。今でも信じられない気分よ」 「弟は俺よりも大きくなってますよ」 事実を告げると、彼女は垂れがちな目を大きく丸めてみせた。冬耶ですら平均を上回る長身だが、さらにと聞いてこんな反応を見せるのも無理はない。 「それじゃあ葵くんも?見違えるくらい大きくなってるのかしら?」 「えぇ、まぁ。小柄なほうではありますけど、元気に暮らしてますよ」 まだ簡単に抱きかかえられるほど小さく華奢だけれど、この施設にいた頃に比べれば格段に成長している。そう伝えれば衰弱した姿しか知らない久美子は安堵の息を漏らした。 おまけにとつい最近西名家で撮影した写真を見せてやると、彼女はますます感極まった表情を浮かべる。都古の浴衣を着て両手を広げる葵を、冬耶と遥が囲んでやっている写真だ。この一コマだけでも自分たちの関係が十分に伝わるだろう。 「こんな風に笑えるようになったのね。お喋りも出来るの?」 「はい、時間は少し掛かりましたけど。今ではうちで一番お喋りかもしれません」 葵は声を失った状態で西名家にやってきた。当然この施設でも同じ状態だったはずだ。当時のことを思えば、葵が天真爛漫に振る舞えていることが奇跡のように感じてしまう。久美子が喜びながらもどこかで信じられないといった雰囲気を滲ませるのは仕方ないように思う。 「今でも時々思い出すのよ。ここには色んな子がやってくるけれど、葵くんは特に……」 「どんな様子だったんですか?」 言葉を濁した久美子に詳しい説明を求めると、彼女は躊躇いながらも施設での葵の様子を教えてくれた。 施設に来た時にはすでに声を失い、抜け殻のような状態だったらしい。共同生活に混ざれるわけもなく、入所してすぐに葵だけを個室に隔離して職員がほぼ付きっきりでケアに当たっていたのだと聞くとその度合いがどれほどのものだったかを察することが出来る。 「最初は単純に食べ物の好き嫌いが多い子だと思ったんだけど、何を見せても食べたがらなくてね。話しかけても窓の外を見てばかり。あの時は本当に困ったわ」 久美子の言葉で、自然と目線が部屋から臨める園庭へと移る。あの場所で再会した葵は、生と死の境を綱渡りしているような状態だった。もう少し迎え入れるタイミングが遅れたら、本当に危なかったかもしれない。 「今思えば、葵くんはあなた達が迎えに来てくれるのをずっと待っていたのかしらね」 「そうだと嬉しいんですけど」 葵が外を眺めていたのはきっと、空の向こうに母と弟の面影を探していたからだ。答えは分かっていても、冬耶は久美子の言葉を否定せずに受け流す。彼女から情報を引き出したいと考えてはいるけれど、こちらから余計な話はしたくない。 信用していないわけではないが、もしも根岸や、彼のような記者が接触してきた場合、人のいい久美子なら悪気なく話題を提供してしまいそうだからだ。 だから冬耶はここにやって来た本題に近づくことにした。

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