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act.9極彩カメリア<80>

「どこの子?日本?フランス?」 十代の遥が“プロポーズ”という表現を選んだこと自体を茶化すことはなく、巴は相手のいる場所を第一に確かめたがった。そして遥が“日本”と答えると、即座に日本での進学を進めてくる。 「それ、自分たちと重ねてるだろ」 「実体験によるアドバイスよ。これほど有益な情報は他にないでしょう?」 巴はプロポーズ直後、短期とはいえフランスに渡ってしまった譲二のことを未だに許せないでいるようだ。付き合っているあいだもしょっちゅう渡仏していたことはかろうじて許せても、プロポーズ後にまで置いて行かれたことがよほど寂しかったようだ。 「でも結婚したよな」 「そして別れたのよ」 プロポーズを受け入れたことよりもその結末のほうが巴にとっては大事なことらしい。小気味よく言い返してきた巴の意固地さに、呆れ笑いが浮かぶ。 「好きだとか愛してるとか口で言いながら、物理的な距離を置くなんて有り得ない」 「へぇ、父さんって“愛してる”とか言えるんだ?」 「離れていても通じ合えているなんて、自分勝手な思想よ。言い逃げよ、あんなの」 遥が口を挟んだことには全く反応せず、巴は強い口調でそう言い切ってきた。確かに彼女の言い分は一理ある。 自分たちは恋人という立場ですらないし、葵は巴のような気の強い性格ではないけれど、置いて行かれた側の意見として参考にすべきとは思う。 「ねぇ、今度その子紹介してよ。ちょっと会うだけでも構わないから」 巴の中ではもう日本での進学以外ないと結論づけたらしい。興味は遥の相手へとすっかり移り変わってしまった。 巴に対し、葵の存在自体は隠していない。親友である冬耶の家の子で、譲二の店でバイト経験があるとも話していた。巴の中では遥が可愛がって面倒を見ている子ぐらいの認識はあるだろう。ただ長いあいだ片思いを続けている事実は伝えていないし、紹介をしようと思ったこともない。 それは巴ではなく、葵側の問題だ。 葵は遥の両親が離婚した事実を妙に重く受け止めている節がある。遥の母について一切触れてこないどころか、譲二や冬耶との会話で名前を出すだけでも気まずそうに黙ってしまい、何も聞かなかったような素振りを貫くのがその証拠。 不自然な態度をこちらから問いただしたことはない。葵が自分の母との関係に重ねて、咀嚼出来ずにいるのだと予想できるからだ。もう少し心が成長したら。そう考えて、こちらから先導してやることはあえてしていなかった。 「会うのがダメならせめてどんな子か教えてよ。私みたいな子?それとも譲二?」 「なんでその二択?どっちでもないよ」 息子が両親似の相手を恋愛対象に選ぶと本気で思っているなら恐ろしい。しかも片方は遥に瓜二つなのだ。冗談でもやめてほしい。遥が思い切り顔をしかめて否定すると、巴はケラケラと笑い出した。まるで冬耶をからかう時の自分の姿を見ているようだ。こんなところまでそっくりで嫌になる。

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