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act.9極彩カメリア<82>

* * * * * * 放課後になっても雨は予報通り止まず、野外で行う部活動や体育祭の練習は皆、変更を余儀なくされていた。体育館や空き教室が各所で取り合いになっている様子を見て大変そうだとは思うものの、葵にとっては嬉しいこともあった。 「補習、やだ」 リレーの練習が休みになった代わりに、中間試験で引っかかった教科の補習が捩じ込まれたらしい。都古がうなだれながら抱きついてくるが、葵にとっては怪我した体を酷使するよりも、机に向かって勉強してくれたほうがよほど安心出来る。 七瀬にリレーの選手の代打を務めてもらう話は聞いたが、結局練習自体には参加しているようで、どうしても心配は拭えなかったのだ。だから落ち込む都古には悪いけれど、雨で良かったなんて思ってしまう。 「葵ちゃん、迎え来てるよ」 都古の頭を撫でて宥めていると、七瀬から声が掛かった。教室の後ろの扉に視線をやると、そこには最近ではすっかりお馴染みになった爽の姿があった。だが、さらにその背後に日に焼けた顔が覗いている。 「あの子も生徒会入ったの?」 「ううん、そうじゃないよ。多分オリエンのお土産渡してくれるんだと思う」 「ふーん、あの野球少年が葵ちゃんにねぇ。やっぱり釣れちゃったか」 そういえば保健室で小太郎と会話した時も七瀬は何か言いたげに、今みたいな顔をしていた気がする。友達のいなかった葵にとって怖気付かずに喋れる相手が増えることがどれほど大きなことかは七瀬も分かっているはず。だが、これは葵の成長を喜んでいるというよりも、面白がっているような表情だ。 「じゃあまたあとでね」 七瀬の真意を尋ねたり、拗ねた都古の相手をしてやりたいのは山々だが、生徒会の活動時間が迫っている。鞄を手に取って二人に別れを告げれば、それぞれ思い思いのリアクションが返ってきた。 「ほら、竹内。早く用事済ませろよ」 葵が廊下に顔を出すと、爽が即座に小太郎の背中を押す。その様子は少し乱暴に見えたけれど、それゆえに二人がオリエン中にしっかりと仲を深め、遠慮のないコミュニケーションを取れるようになったのだとも思えた。 「これ、遅くなっちゃったんですけどオリエンのお土産です」 「ありがとう!チョコレートだよね?」 「はい、好みの味が分かんなかったんで、とりあえず色んなのが入ってるやつにしました」 小太郎の言う通り、円形の箱のパッケージにはイチゴやピスタチオといったチョコレートの味が記されている。お菓子で苦手なのはお酒入りや過度に苦味、酸味の強いものぐらい。 「大丈夫、全部大好き」 「良かったぁ、渡すのめっちゃ緊張しました。あぁ、安心した」 小太郎は言葉だけでなく、心底安堵したようによく日に焼けた顔をくしゃくしゃにして笑った。 このあと生徒会の活動がある葵たちのように、小太郎も体育祭の実行員会があるらしい。当然途中まで一緒に行くものだと思い込んでいた葵をよそに、小太郎はあっさり別れを告げて走り去っていく。たった数歩先で“廊下を走るな”と教員に注意され、足止めを食らっていたせいで、結局は葵たちが追い抜いてしまったけれど。
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