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act.9極彩カメリア<84>

「爽くん、なにか心配ごとある?」 「そりゃ心配ですよ。俺の可愛い先輩が誰かに取られそうで」 葵の問いに、爽は抱きつきながらそんな軽口を言ってはぐらかしてくる。やはり様子がおかしい気がする。 「いつもの爽くんじゃない。言いづらいなら無理には聞かないけど、頼ってもらえたら嬉しい」 解決出来る自信があるかと問われたら答えに窮するけれど、出来る限りのことはするつもりだ。それに、葵の周りには自分よりももっと頼りになる人たちが沢山いる。彼らの手を借りることだってできる。 「……もし頑張れたら報告するんで、そしたら褒めてほしいっす」 傘を差しながら葵の肩に頭を預けるなんて器用な体勢のまま固まっていた爽は、しばらくして絞り出すような声でそんな頼み事をしてきた。悩み事の中身までは分からないけれど、何かしら不安に思うことがあるように見えたのは間違いではなかったようだ。 「うん、沢山褒めるよ。任せて」 「烏山先輩にしてるみたいに?」 爽を元気付けるために即答すると、思わぬ返しをされた。 都古が求めるご褒美などそのほとんどが口に出せるような行為ではない。特に演奏会の日に与えたものは、思い出すだけでもどこかに消えてしまいたくなるほど恥ずかしい。 都古の首筋に付けた“好きの印”の送り主が葵であることは、七瀬にバレてしまっていたし、もしかしたら葵が気付いていないだけで周りには何もかも見通されているのではないか。そう考えたらまともに爽の顔を見られなくなってしまう。 「俺のこと分かってくれるの、めちゃくちゃ嬉しかったっす。俺、頑張りますね」 葵の腰をさらにきつく抱き寄せながら、爽は可愛い後輩としての言葉を紡ぐけれど、何かを暗示するように首筋を啄んでくるのは見過ごせない。あともう少しで特別棟に辿り着くというこの場所で動けなくなっているのも問題だ。幸い、この辺りは人通りが多くはないけれど、いつ誰が通るとも分からない。 葵が不安に思った矢先、砂利が擦れる音と共に人の気配が近づいてくるのを感じる。方角的には特別棟のほうからだから生徒会のメンバーの誰かかもしれない。その予想通り、爽の肩を押して出来た隙間から覗いた先には怪訝な顔をした波琉の姿があった。 「迎えに行けって言われたんで来ましたけど、遅刻するって言っておきます?」 波琉はそう言いながら、棟の二階を見上げる。その仕草に倣って葵もそちらに視線をやると、窓から手を振る幸樹と目が合う。いつから観察されていたのだろう。ただでさえ恥ずかしい気持ちでいっぱいの状況で、葵はますます頬が火照るのを実感する。 「大丈夫、ごめんね。行こ、爽くん」 「俺は遅刻でもいいっすけどね」 爽は冗談を口にしながらも、葵から体を離して棟へとエスコートするよう腰に手を添えてきた。そして波琉がひと足先に棟内へと戻るのを見届けながら、もう一度耳元に唇を寄せてくる。 「竹内と百井にはご褒美あげちゃダメっすよ」 まるで葵に言い聞かせるような物言いだけれど、彼らが欲しがるわけがない。そもそも爽がねだってくることだって理解が難しいのだから。 でもこれはきっと気兼ねなく会話出来る後輩を増やした葵への嫉妬なのだと思う。葵自身、冬耶や遥が自分以外の後輩を可愛がっている様を見て胸をチクチク痛めた経験があるのだから、共感は出来る。 まだまだ頼りないけれど、憧れの上級生の姿に少し近づけたような気がして、爽を可愛く思う気持ちを伝えるためにもう一度艶やかな黒髪に手を伸ばした。

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