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act.9極彩カメリア<86>

幸樹の思い描く最善の流れの中で唯一の懸念点は、波琉と二人きりになる機会を作る難しさだったが、それは案外簡単に解決してくれる。 今日予定していたタスクを消化し解散する空気が流れると、まずは奈央が一番に生徒会室を出て行った。会議中に見つかった書類不備を正すために、急ぎ職員室に向かう必要が生じたからだ。第一の障害は消えた。 後片付けと戸締りを終えた後輩たちと共に特別棟を出ると、今度は寮に向かおうとする葵や爽に別れを告げて波琉が別方向に進んでいった。彼と話す絶好のチャンスだ。幸樹も残る二人に怪しまれぬよう、適当なところではぐれたうえで、身を翻す。 波琉が急ぎ足で向かった先は正門の方角。そのまま外に出て行くのかと思いきや、彼はグラウンドへと抜ける小道に足を踏み入れる。その理由はすぐに分かった。 「駐輪場使わんとアカンよ」 「うわ、ビックリした」 木陰に隠すように停めていたマウンテンバイクを引っ張り出し、サドルに跨ろうとしたところで声を掛けてみるが、波琉は言葉ほど驚いた様子は見せなかった。 「狭いし遠いんすよ。敷地内で乗るなっていうならもっと駅に近い場所に作ってほしいです」 非効率な規則を破ることに罪の意識はないらしい。それに幸樹が本気で注意しにきたなんて可能性も全く信じていないようだ。 「何か用ですか?俺これからバイトなんで今はあんま時間ないんすけど」 そう言いながら波琉は腕に嵌めた時計をちらりと覗き見た。真っ白なボディと爽やかなブルーのグラデーションの文字盤の時計は、日に焼けた肌によく映える。 一見先輩に対してぶっきらぼうな態度のように思えるが、上げかけたスタンドを元に戻す仕草も、真っ直ぐにこちらを見上げてくる表情も、誠実さを感じ取れる。日焼けした肌と脱色を繰り返した髪のおかげで派手な印象を与えるが、元来真面目な気質なことはここ数日生徒会を共にしただけでも窺えた。 だからただ強引に排除するという選択肢は芽生えなかった。 「割のいいバイト紹介するっちゅーたら興味ある?」 「バイト、すか」 幸樹の提案が予想外のものだったらしい。波琉は先ほど声を掛けた時よりも大きく眉を動かして驚いてみせた。だがその目には警戒の色が滲む。 学園内の噂ごとには関心のなさそうなタイプでも、幸樹がどんな家の生まれかぐらいは把握しているようだ。波琉の反応は失礼でも何でもない。むしろすんなり乗ってくるような馬鹿ならこちらから断る選択肢が出てくる。 「健全な飲食店での接客業。基本的に暇。深夜帯も働いてオッケー。今百井がやってるバイトの時給の倍は出せる。危険はない。どう?」 「え、いや、でもそれ、俺にとって好条件すぎませんか」 簡潔に仕事内容を説明すると、波琉は一瞬目を輝かせたものの、やはり簡単に流される素振りは見せない。幸樹だってそれほど親しくない相手に同様の誘いを受けたら、まともに相手はしないだろう。

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