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act.9極彩カメリア<87>
「ちなみに店長はサーフィン好き。俺はよう分からんけど、大会も出たことあるらしいで」
「マジっすか?」
もう少し波琉の興味を引き付けたくて垂らした餌には思いの外食いついてくれた。声色も、瞳の輝きも、生徒会の活動中に現れたことのないものだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。
「バイトするかどうかは置いといて、一回店行こ。店長紹介するわ。喋ってみて興味湧いたら手伝ってやってよ」
「……まぁ、それなら」
波琉に選択権があるのだと強調してやれば、彼はまだわずかに警戒を滲ませながらも幸樹の提案に乗ってくれる。約束のために連絡先の交換だけを済ませ、波琉は今度こそマウンテンバイクに跨って校外へと走り去っていった。
相当急いでいたのだろう。雨に濡れてセットされた髪が乱れるのも厭わず、立ち漕ぎで去っていく。焦りは見えるけれど、全力で疾走する姿は活き活きとしていた。生徒会では周りの空気を乱さぬよう大人しく振舞っているが、ああして体を動かすのが何より好きなタイプなのだと思う。
与えられた仕事はきちんとこなすし、体力もある。きっと祐生は京介に代わる人員として気に入るはずだ。問題はまだ身長が伸びきっていないせいで、18には見えづらいところぐらいだ。制服の黒エプロンを纏わせれば、童顔の大学生と言い張ることは不可能ではないと思いたい。
新しい後輩が出来て張り切っている葵には可哀想だが、これで生徒会に新しい仲間が入る時期を後ろに倒すことが出来る。藤沢家や若葉の問題に片を付けるリミットも多少は引き延ばせただろうか。
自然と学園の外に足を向けながら、幸樹は生徒会のあいだポケットに仕舞ったままだった携帯を取り出す。いくつかメッセージの通知が溜まっていた。ほとんどが仕事絡みのグループ内での会話で、幸樹からの返信を必要とするものではない。卒業した先輩からの連絡を除いては。
“一ノ瀬に会いたい”
それは遥からのメッセージだった。来日してからずっと顔を合わせないよう逃げ回っていたが、とうとう直接連絡が来てしまった。前置きもなく、ただ用件だけを告げてくるところが恐ろしい。
冬耶はまだ自分の怒りがコントロール出来そうにないと言って、一ノ瀬と対面する時期を見計らっている。その状況を遥が知らないわけがない。冬耶をフォローする役目を負って同行する気なのか、それとも一人で来るつもりなのかがこの短い文面からは読み取れなかった。
冬耶が暴走した場合、体格差を考えると遥一人で押さえ込めるわけもない。当然幸樹が体を張るしかないだろう。かといって、遥だけでやってくるパターンも油断はならない。在学中、彼が怒りに任せて声を荒げたり、手をあげたりした姿は一度も見たことがないが、それゆえに最も大事にする存在を傷つけた相手に対してどんな行動を取るか予測が出来ないのだ。
“死人出さんといてください”
どちらにせよ、一ノ瀬のもとに案内する条件はこれしかない。遥からは”善処する”なんて心許ない言葉が返ってきた。
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