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act.9極彩カメリア<90>
「未里のこと、気に掛けてくださってたなんて」
「……あぁ、いや」
「嬉しいです」
どうやら大いに失敗してしまったらしい。近くに櫻が居たらまず間違いなく馬鹿だと罵られる。実際同じクラスの彼には、奈央がこうして未里への対応を誤る瞬間を何度も目撃されては呆れられてきた。
とはいえ、櫻のように言い寄ってくる相手を“興味がない”とか“鬱陶しい”なんて鋭利な言葉で跳ね返す真似も出来そうにない。気持ちに応える気はないが、傷つけたいわけでもないのだ。
それに目の前の未里の様子がどうにもおかしい。熱っぽい視線を向けてきたかと思えば、急に眉をひそめて困り顔になってしまう。彼のことを“可愛い”と表現する生徒がいることは知っている。共感したことはなかったが、男性らしい体格に成長していく同級生の中ではどこか女性的な表情や振る舞いは目立つのだと思う。
「実は今、悩みがあって……奈央様、聞いていただけますか?」
イエス以外の選択肢がない問い掛けだ。奈央は改めて己の選択の失敗を嘆きたくなる。これでは職員室に戻って傘を借りたほうがよほど早く寮に帰れただろう。
気乗りしないまま頷くと、未里はクラブハウス棟の庇へと誘導してきた。誰が通るとも分からない場所で話せる内容ではないと言われれば、断ることは出来ない。だが深く後悔しかけた奈央に、未里は思わぬ名前を告げてきた。
“九夜若葉”
彼に弱みを握られ、金銭を要求されているのだという。若葉の話と聞けば無視は出来ないどころか、奈央にとっては願ってもないことでもあった。冬耶と遥がどれだけ手を尽くしても学園から追い出せなかった存在の悪事の証拠を掴んで今度こそ追放する。それが叶うチャンスに思えたからだ。
「九夜さんから脅されてるやりとりって携帯に残ってる?」
「はい、あのこういうので良ければ」
未里が見せてきた画面には金額と日時、場所が記されただけのメッセージが表示されていた。そして体の関係を匂わす言葉も並んでいる。搾取されているのは金だけではないようだ。
「裸の写真とか動画、たくさん撮られてて。誰かに言ったら流出させるって言われてるんです」
俯いて肩を振るわせる未里になんと声を掛けたらいいか分からない。好意を持っている相手ではないが、若葉が好き勝手傷つけているのを見過ごせるわけもない。
「こんなこと奈央様には一番知られたくなかったんですけど……でも奈央様ならきっと誰にも言わずに居てくれるだろうと思って」
話を聞いてやることは出来る。けれど、奈央一人の力で解決させるのはいくら役員といえど限界がある。少なくとも生徒会の長である忍には話を通し、理事たちを動かさなくてはならない。その過程で未里の話は複数人の耳に入ってしまう。
一ノ瀬の起こした事件では、そうして葵が傷ついた事実が悪戯に広まることを避けるために彼の辞職という形で片を付けたのだ。つまりは、未里の望み通り秘密裏に解決させるには、若葉自ら退学という道を選んでもらうしかない。それはあまりに非現実的な方法に思えた。
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