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act.9極彩カメリア<91>

「未里のこと、軽蔑しましたか?」 「そんなことないよ。でもごめん、どうしたらいいのかすぐには浮かばなくて」 何も答えられない奈央の様子を不安に感じた未里が涙目で見上げてくる。素直に自分の不甲斐なさを詫びるが、未里は聞く耳を持たずさらに肩を震わせてしまう。 しばらく雨音と未里の嗚咽だけが響く気まずい時間が流れるが、それを止めたのは未里が手にした携帯から鳴った軽快な着信音だった。メッセージを読んだ未里の表情がみるみる青ざめていく。 「……九夜さんだ。今から来いって。どうしよう、奈央様」 ここで彼を見放すわけにもいかない。人として、そして学園の秩序を守る役員として。 「場所は?」 「ここの空き部屋です」 そう言って未里はクラブハウス棟を見上げる。あまりにも近すぎる距離に、もしかしたら若葉はこちらの様子を窺っていたのかも、なんて考えが頭を過ぎる。 「分かった、行こう」 未里の件だけではない。都古を蹴り飛ばし、葵の首を絞めたことだってこのまま不問にしたくはない。若葉が暴力的な手段に出れば太刀打ち出来ないのは明らかだが、屈するつもりはないどころか、罪をさらに重ねてくれるならむしろ好都合でさえある。 各部の予算管理をしている奈央はクラブハウスに足を踏み入れる機会がそれなりにある。部長や会計職の部員が自分の部を少しでも優遇してもらおうと、奈央の姿を見ると冗談まじりに媚をへつらう独特のノリまで生まれてしまっている。まともに相手をするのは面倒ではあるけれど、彼らとの交流を楽しみにもしていた。 だが、今は最終下校時間をとっくに過ぎているおかげでそんな賑やかさの欠片も感じられない。普段とのギャップが物寂しい印象を余計に強めてくる。 若葉が指定したのは棟の二階だった。脅迫者にこれから会うというのに、未里は率先して階段をのぼっていく。若葉が怖いのだと泣いていた面影はすっかり薄れていた。その様子が奈央に疑念を抱かせる。 「福田くん」 踊り場に差し掛かったところで奈央は足を止めた。振り返った未里の表情は奈央に悩みを打ち明けてきた時の困り顔。彼を穿った目で見過ぎていたのかもしれない。 “何でもない”と取り繕って、もう一度奈央が階段に足を掛けた時だった。階下が一気に騒がしくなる。奈央たちのように、この時間にクラブハウスにやってきた生徒たちがいるようだ。 忘れ物か何かだろうか。思わずそちらに意識を取られた奈央は、よく聞き慣れた声がその中に居ることに気が付く。

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