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act.9極彩カメリア<92>
「別にいいって。アンプなら持ってるから」
「でも部屋で音出して弾きづらいんだろ?ヘッドホンアンプ、持ってけばいいじゃん。今誰も使ってないからさ」
エントランスのほうを見やれば、やはりそこには少し前に生徒会室で別れたはずの爽の姿があった。一緒にいるのはネクタイの色で彼の同級生たちだと分かる。オリエンで小太郎と親しくなったとは聞いていたが、どうやら他にも連れ立って歩く友人が出来たようだ。
微笑ましく眺めていると、なかなかのぼってこない奈央に焦れた未里がわざわざ迎えにやってきた。
「奈央様、早く行きましょう」
「あ、ちょっと待って」
唐突にグイと腕を引かれたせいで肩に掛けていた鞄が滑り落ちる。それなりの重量があったからか、それともここが階段の踊り場だったからか、やけに大きな音が響いた。それが耳に入ったようで、あれだけ騒がしかった階下の会話もぴたりと止む。
「高山さん?何してんすか、こんなとこで」
音の正体を探りに階段までやってきた爽たちと目が合った。爽の隣には綺麗な水色の髪をした小柄な生徒、さらにその後ろにもケースを背負ったり、派手なピアスをいくつも耳に付けたりと特徴的な生徒たちが控えている。
「……お前」
爽ははじめ奈央の顔を見て驚きつつも友好的な笑顔を向けてきた。だが、未里の存在に気が付くと急に険しい表情になる。元から小生意気な態度をとりがちな子ではあるが、最近では役員を目指すために日頃の言動を改めていた印象だ。それが未里にはあからさまに敵意を剥き出しにした態度をとったことに驚かされる。
「奈央様、今日はもう大丈夫です。あの話内緒にしてください」
爽に睨まれ、まるで逃げ出すようにクラブハウス棟から出て行った未里の姿も奈央の目にはあまりにも不自然に映った。
「で、高山さん、何してたんすかあいつと」
「福田くんのこと知ってたんだ?何かあった?」
爽からの質問をはぐらかしたつもりはない。いや、未里との約束を守るためにも話すわけにはいかなかったが、それよりも爽の激しい敵意のほうが気に掛かって質問に質問を返してしまう。すると爽は、まるで忍や櫻がそうするように、呆れた表情で溜め息を深くついてみせた。
「過保護にされんのは葵先輩だけで十分っすよ。マジでしっかりしてください」
一応は敬語を使われているものの、とてつもなく罵倒されている気がする。それほどの忠告を受けるようなことをしただろうか。
未里といた説明として、傘を失くして彼の傘に入れてもらっていたのだと話すと、爽はますます苦い顔になった。先輩としての尊厳をこの数分で一気に失った気がする。けれど寮まで送ると言ってくれはするのだから、優しいことには違いない。彼は彼なりに何か思うところがあって怒っているのだろう。
爽と一緒にいた一年生は皆、軽音部の部員だった。確かに答えを聞けばすぐに納得がいく見た目をしている。奈央の同級生の軽音部員も皆、他の生徒に比べれば派手な身なりをしている率が高いからだ。
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