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1、侵入

ランプに火が灯る時刻にはまだ早い。しかし赤い夕日の光は厚い錆色の雲によって阻まれ、宮殿内部は薄暗く湿った空気を纏う。そのため壁に描かれた緻密な幾何学的模様も天井にぶら下がる光の反射を最大限に利用して作られたシャンデリアも、本来のきらびやかで荘厳な雰囲気を半分も演出出来ないでいる。ピシャピシャと大理石に跳ね返る雨の音はやけに廊下に響き、人々の気配と匂いを消していた。 そんな宮殿の中心部、つまりこの宮殿の持ち主の私室がある廊下の壁に体を引っ付けるようにして佇む一人の少年が居た。 はぁ、はぁ、はぁ。。 雨に打たれ冷えきった躰がガタガタと震える。 只でさえ国最高峰の魔術師の家なんかに侵入するのは精神を相当消耗するのに、雨で体温を奪われてしまって体力的にもキツイ。 そうでなくとも一度足音を響かせてしまえば己に残された運命は不法侵入という罪状により死一択である。 …それでも、そんな危険を抱えてまでここに来なければならない訳があるのだ。 僕はほんの1ヶ月程前まで、メドレセの最高機関、国立魔法学校の生徒で魔術師の卵の一人であった。 この国立魔法学校というのは、18歳未満の魔力という特殊な力を持つ子供(アヤン)が、メドレセ(一般的な学校)では学べない魔法学について専門的に学べる国で唯一の機関である。 ちなみに全国民の中で魔力を有する者は1.5%程言われているが、貴族は全員魔力を持っているので平民で魔力を持つ者(アヤン)は実質0.5%にも満たない。つまり、魔術を扱える者は無条件で出世の道を見出だす事が出来、また魔力は遺伝によって受け継がれる事が多く、「魔法学校の生徒」=「貴族の中の後継ぎ」なのである。 では僕も貴族なのかというと、そうではない。 ナヒンダという小さな村で育った孤児だ。 何故そんな者が学園に入学する事が出来たのかというと、10年前に「入学生選抜試験」なる制度が取り入れられたからである。 それ以前の国立魔法学校は貴族の嫡男のみが入学を許されていたが、その試験制度により「魔力を有する18歳未満の全ての男児」に入学のチャンスが作られたのだ。それとともに試験を受けられるのは3回までという制度も設けられたのだがそれについては今は関係無いので省略する。 とはいっても、幼い頃から家庭教師を雇い勉学を修めている貴族達に、礼拝所の片隅にある小さなメドレセで勉学をする平民が勝つことは難しく、僕のような平民の出で合格し、出世を果たした者は現大宰相(サドラズム)ファサイル様くらいである。 だから学校ではよく奇異な目で見られていた。 とにかく真面目に勉学に励み(他の生徒のように娯楽に費やせる金が無かったし入学金を恵んでくれた村の人達からの壮絶なプレッシャーもあった為)成績は筆記技能共に6年間ずっと一番で、無事卒業出来る筈であった。 それが狂ったのは卒業試験の最終課題、空間移動魔法の魔方陣組成のテストが行われた時の事だった。 空間移動は6年間で学ぶ魔術の中でもトップレベルに難解な気属性の魔術であるとともに、移動する空間の環境によって全く別の組成式を組み立て無ければならなく、その場所も試験開始直後に一斉に告げられる事から、丸暗記は不可能であり本当に実力が試される。 そして今年のお題は、王都セントマリアムの東部に位置するイスタクルブ港の漁船の1つ、だった。 だが、何故か僕に配られた紙だけ全く別の場所が書かれていたのだ。 いや、正しくは場所は書かれていなかった。 ただその場所の極相や土壌、人工物、空気成分など組成に必要な環境だけが書かれていたのである。この形式のテストは46年前を最後に使われていなかったけど、前例(過去問)に有ったには有ったのでそういう改革なのだろうと僕はあまり深く気に止めずに解いてしまった。 その場所が”禁忌の森”であるとも知らずに。 禁忌の森、とはその名の通り一般人…というか選王(歴代の王の中でも選ばれた者だけ)意外立ち入る事の出来ない森である。 そういった場所は他にも幾つかあり、その全てが不可侵の領域で不法に立ち入った者は大人であれば即処刑、18歳未満の子供であれば魔力剥奪の刑に処せられる。*そもそも禁域は魔力保持者でなければ物理的に入れない(弾き返される)。 そんな場所に、何かの手違いとはいえ僕は入ってしまったのである。 これが後ろ楯のある子供ならまた待遇は違ったのかもしれないが、生憎貧乏平民の子供にに情けも容赦もかけられない。 目の前に約束されていた出世コースは消え失せ、代わりに着せられたのは罪人という濡れ衣。 そして唯一の僕の取り柄で村の希望でもあった魔力は完全に封印されてしまった。 絶望にうちひしがれる間もなく学校の寮から追放された僕は、今や只の浮浪者だ。 お金も殆ど持っていない僕は村へ帰ることはおろか、その日を凌ぐことで精一杯だ。 僕は考えた。 どうすれば、冤罪を証明出来るのか。 魔力を取り戻すことが出来るのか。 そしてたどり着いた答えは、王宮に忍び込み、封印魔法を施した魔術師、つまりは現大宰相(サドラザム)ファサイル様から封印を解く魔道具、"鍵"を盗むことだった。 ファサイル様は貴族達から「聖母の皮を被った悪魔」と囁かれる、冷酷無惹慈で有名なお方。 そんな人に盗みを働くなんて、本当は怖くて仕方がない。 ……それでも、魔力が戻れ、試験で僕に配られた偽りの紙から僕を嵌めた者を追跡する事が出来るかもしれないし、特定は出来なくとも嵌められた事を証明出来る何かが見つかれば、再審を訴える事も可能だ。 ……窃盗の罪は必要なことだと判断されれば無かった事にされると期待している。 とにかく何としてでも魔力を取り戻さなければ。 己の夢のために。 魔法医術師になって村の人達の恩を報いるために。 グッと寒さで震えていた手を握り、再度決意する。 今日の最終の会議が終わる時刻は17時。 さっき鐘が鳴ったから、会議が終わって今頃宰相様がこの廊下のつきあたりにある自室に戻って来ようとしている筈だ。 魔法は使えなくても、魔力を持たない人間用に作られた一般魔道具を使う事は出来る。 僕がなけなしのお金で買った塗り薬、カメレオイルは体に塗り付ける事で周りの景色と同化する事が出来る魔道具だ。 これで隠れてファイサル様の後ろに続いて部屋に潜り込み、着替を行われる際に首から取り外すであろう"鍵"をこっそりと拝借するのだ。 上級の魔術師であればあるほどそういった盗難の恐れのある魔道具は(一番安全な自分の体という領域に)肌身離さず持っている傾向があるからね。 一般魔道具なんて初めて使うから上手く隠れられている自信は無いけれど、そこはまぁ、、何とかなる事を祈るしかない。 不意に雨音に紛れてカツン、カツン、という硬い足音が聞こえてきた。 ハッと我に帰り、息を潜める。 会議室から出る順番は位の高い者順。 つまり一番先にかえってくるのは大宰相ファサイル様に違いない。 ドクドクと波打つ心臓を右手で押さえながら、その時を待つ。 カツン、カツン、カツン 、カツン、カツン、 ___音が変わった。 緊張でパニックを起こしそうな頭を必死で落ち着かせ、宮殿の間取り図を脳内に描く。 今、曲がり角を曲がってこの一本道の廊下に足を踏み入れたのだ。 自然ときつく瞑っていた目を抉じ開け、壁に張り付いている頭は動かさずに視線だけを廊下の奥に遣る。 ___人影が、見えた。 そして次の瞬間、視界が反転した。
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