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5、姿
何これ……。
脱衣所で服を脱いで入ると、そこに広がっていたのは人工的に作られた池とでも言えばよいのか、3平方メートルくらいありそうな大理石の箱に水が張られているモノが鎮座していた。
此処から水を汲んで体に掛ければ良いのだろうか……。
魔法学校の寮でお馴染みのハマムにある、掛け流し用の釜より大夫デカイ。
宰相様な分大きいのだろうか。
恐る恐るその巨大な箱に近づき、指を突っ込む。
「ッ冷たっ!!!」
そっか、、変温魔法でいつも水からお湯に変えてたから…。
雨に打たれて冷えきっている体に更に冷水はキツイが、魔法が使えないのだからしょうがない。
諦めて側に置いてあった桶で水を掬いながら体を洗う。
石鹸も使って良いと言われたので有り難く高級品であろう見たこともないほど真っ白な石鹸を手で泡立てる。
ハマムには体を洗ってくれる奴隷が居たけれどチップをけちって自分で洗っていたから慣れている。
髪の方はなかなか落ちなくて、勿体ないと思いつつも数回に分けてオイルを使い、擦るのと水で落とすのを繰り返す。
……自分の臭いってあんまり分からないけど、いつもよりだいぶ丁寧に洗ったし、これで大丈夫だよね。
そう判断して浴室を出る。
体を拭いて、服を着ようとさっき脱いだ服を入れた籠に手を伸ばす。
「あれ?ない……。」
上からクリームを塗ってベトベトだった安物の服は消え、代わりに肌触りの良いバスローブが置いてあった。
「これを着ろってことだよね……?」
言葉は辛辣だけど、お風呂を貸してくれたり着替えを用意してくれたりと、随分親切だ。
実は良い人なのかもしれない。
そう考えると、今の自分の状況はそこまで悪くは無いのかもしれないと思えてきた。
「あのー、洗い終わりましたー!」
スルリとバスローブを羽織って脱衣所から出ると、ファイサル様が椅子に腰かけて魔術書を読んでいるのが見えた。
声に反応して、チラリと此方を見る。
来いとでも言うように顎をしゃくられる様は、高慢な仕草の筈なのに神々しいほどに絵になっていて不快に感じられない。
パタパタと裸足でファイサル様の元へ向かう。
「少しは見られるようになりましたね。」
そう言うと、おもむろに頭に手を伸ばされた。
?
僕よりも小柄なナディアおばさんによく頭を撫でて貰った時の癖で、反射的に屈む。
スッと軽くファサイル様の手が僕の髪の毛に触れた瞬間、フワリと風が起きた。
「うわっ!」
何?
びっくりして頭に手を伸ばすと、ポタポタと雫石を垂らしていた髪が完全に乾いている。
「ほぇえ、風属性の風操魔法ってこんな使い方出来るんだぁ。」
風で魔獸を撃退する意外にもこんな使い道が!
こんな小範囲で風を操れるなら、落ち葉拾いとかにも応用出来そうだなー。
あ、でも使えないんだった魔法。
「くっ、驚いたかと思えば感心したり落ち込んだり、忙しい人ですね。一先ず座りなさい。」
「え、今笑った!?」
笑ったよね、堪え切れなかったみたいに!
というか座れってやっぱり床ですか……。
「瞬時にどの魔術を用いたか判断出来るあたりは流石ですね。正解ですよ、風操魔法で。まぁ調整が難しいので一般に流通させるには使えませんが。しかしもうひとつは気づけなかったようですね。」
あ、完全に無視られた。
「もうひとつ?」
「自分の姿を見てみなさい。」
ほら、とこれまた高そうな細やかな装飾を施された手鏡を渡される。
何だろう?と訝しみつつも覗いてみる。
「へ!?」
誰こいつ?
そう思ってしまうくらいに、見慣れた僕の顔とは程遠い少年がそこには映っていた。
「髪と瞳の色を操作しただけですよ。まぁ、ちょっとした変装ですね。」
言われてみれば、確かに鼻の形や丸い二重の目の形は変わっていない。
髪と瞳の色が違うだけで、こんなに印象変わるんだ…。
元々僕は明るい栗色の髪と瞳だった。
それが真っ黒に染まっているのだ。
ちょっとだけ前よりも男らしいというか、強そうに見える。
可愛いと言われる事にわりとコンプレックスを感じていたからこれは嬉しいかも。
「でも何で変装なんか……。」
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