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6、名前
「禁域への空間移動魔法を成功させた、天才魔術師セリク。」
はい?
「やだなー急におだてても何も出てきませんよ?まぁそーいうふうに言われた事は何度かありますけど。」
学生時代にやっかみ半分に。
「…中身は猪突猛進型単純馬鹿ですけど、中にはお前を利用しようとしている輩がいるのが事実です。魔力は無くとも魔方陣や組成式の構築方法は教えられますからね。」
「上げてからの落差が酷すぎますファサイル様、そこは純粋一途の模範生徒くらいにしといて下さい。」
「純粋と盲目は全くの別物ですよ。それに罪人のどこが模範なんです。」
「ついうっかり踏み込んじゃった本当は極々普通の少年です!」
「ついうっかりで皇帝 ですら入れない禁忌の森に入る輩のどこが普通ですか。」
思いの外宰相様がよく喋る。
よく考えれば宰相なんて役職、喋ってなんぼなんだろうけど、イメージが冷静沈着、クールビューティーなので意外だ。
変な所で感心していると、ファサイル様がハッと我に返った。
「…っ、ケホン。とにかくですね、お前は今日からセリクとしてでは無く、全く別の奴隷として振る舞わなければなりません。」
ケホンって、また可愛いらしい咳払いを。
「分かりました。じゃあ名前も代わるんですよね?」
「そうですね。私は何でも構いませんからお前が反応出来る名前を考えなさい。」
「じゃあ、ラヒームにします。」
「…迷わないのですね。慈愛多き者……美名の一つですか。」
「顔も名前も分からないけど、母が命の他に僕に与えてくれたものなんです。」
「…それがどう転んでセリクに?」
「名前が書かれた小さな紙を、生まれたばかりの僕はずっと右手で握って隠してたらしくて。それで気づかず叔父さん__あ、僕を拾って育ててくれた人が気づかないままセリクって命名して戸籍登録までしちゃったんです。お金払ったら改名出来るし、叔父さん自身は気にして僕に何度かそうしないかって尋ねてくれたんですけど、当時はそこまでしなくても良いかなって思ってて。だから丁度使える良い機会だなぁと。」
セリクという名前も大好きな叔父さんから貰った名前だから同じくらい大切だ。
それを捨てる事になったのは、本当に申し訳ないし名残惜しい気もするけれど、もしこの場に叔父さんがいたらきっと咎め無いし、ラヒームとしての新たな僕の人生を応援してくれる筈だ。
そういう優しい人だから。
「なるほど。では私は今からお前をラヒームと呼ぶ事にしましょう。」
「お願いします。……じゃあ僕はご主人様とでも呼べば良いですか?」
なんか一気に主従関係っぽくなるけど。
「別にそれで構いませんが、その呼び方は他にするものがいないので新鮮ですね。」
「じゃあ他の奴隷は何て呼ぶんですか?」
「普通に名前呼びです。」
「…やっぱりファサイル様で。」
こんな所でマイノリティになる必要性は全く無い。
「おや、ご主人様で結構ですよ。」
「そう言われるとなんか嫌です!ファサイル様がいいです!」
完全に面白がってる人の言うとおりになどなるものか。
というか無表情で有名だけど結構笑うよね。
まぁ殆ど嘲笑とか冷笑だけど。
噂ってあてにならない。
「では特別な時だけご主人様と呼ばせましょうかね。ほら、名前も決まったところですしもう1つしなければならない事があります。」
「何ですか?」
その前にサラッと気になる事も言われたけど。
徐にファサイル様は床にペタンと座っていた僕と距離を縮めるように前屈みになった。
彫刻のように精巧な顔が近づき、思わず魅入ってしまう。
顔と顔との間が握り拳一つ分にまで迫った時、漸く我に返った。
なにこの近距離っ!これじゃまるで、まるで、、キス
カチャリ
一瞬にして最高潮にまで上がった緊張の中、空気にそぐわない無機質な金属音が耳元で鳴った。
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