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7、首輪
「所有物の印です。」
事も無げにそう言い放ち、椅子に戻ったファサイル様の瞳に移る僕の首には……
「要は首輪ですね。」
「首輪ですね、じゃないです!奴隷にそんな義務無いですよね!?」
まだバクバクと波打つ心臓を抑えながら、汎論する。
ガッツリ家畜用首輪っていうよりは高級な皮素材で出来たどちらかと言えばアクセサリー的なヤツだけどさ!
この国の奴隷の扱いは確かに分類上人以下だけど、お給料も出るし出世して官僚になったりする者もいる。
女性なんてハレムでスルタンの子供を産めば皇后だって夢じゃない。
つまり、言いたいのは奴隷だからって鎖でつながれたり首輪をつけられたりはしないということだ!
「これを着ける事は私からの命令です。所有者の命令に従うのは義務の内でしょう?」
「うっ……それはそうですけど、なんでわざわざ。やっぱりそういう趣味ですか?」
SかMかといえばSだろうし。
「まぁそんなところです。」
否定しないんだ……。
「どうしたんです?顔を赤くしたり青くしたり、熱でもおありで?」
「あんたのせいですそれは!」
ピタリと自分と僕の額に手を当てて熱を比べるこの人は、一体どこまで本気なのか。
もしかしたら天然……?
ああもう、ホントに頭痛がしてきたかも。
でもファサイル様の手、冷たくて気持ちいい…。
「微熱がありますね。」
「へ?…ファサイル様の体温が低すぎるだけじゃないですか?」
冷血漢だし。
「私は平熱ですよ。…ほら、熱いでしょう?」
そう言うと僕の手首を掴んで御自分の額と僕の額とを交互に当てさせる。
男同士だけどなんかハズい……。
「ぅわっ、、確かに熱い、かも。」
そういえば雨に打たれたり冷水で体を洗ったり、思い返せば風邪を引くような事ばかりしている。
「色々あって疲れが出たのでしょう。今日はもう休みなさい。」
ほら、と両手を伸ばされる。
?
なんなのか分からず、取り敢えず両方の手のひらを重ねる。
「……。」
「あの……。」
「はぁ、お手でもしたつもりですか?思考が犬並みですね。」
「んなっ!じゃあどうすれば良いんですか!」
「ベッドまで運んであげようと思っただけです。」
もういいです、と溜め息をつきながらファサイル様がグイッと僕の体を引っ張り上げる。
そのまま膝裏に腕を差し込まれ、気がつけば横抱きにされていた。
「ぅえ?!い、良いですっそこまでして頂かなくても!」
いわゆるお姫様抱っこじゃん、これ!
僕とファサイル様以外居ないとはいえ、16歳の男がお姫様抱っこだなんて、恥ずかしすぎる。
逃れたくって必死にもがいても、体躯が違いすぎてびくともしない。
文官の癖になんでこんなに筋肉ついてるんだよ!
自分の貧弱な体と比べて哀しくなる。
「五月蝿いですよ。耳元で叫ばないでくれません?心配せずともお前一人運ぶくらいどうってことありません。」
「そういう問題じゃなくって!」
「もう少し肉をつけた方が良いですね。軽すぎます。」
切れ長のを眉をひそめながらそう言うファサイル様は、俺の発言を完全に無視している。
……もうどうとでもなれ。
これ以上言っても無視されるだけだろうし諦めて暴れるのを止める。
暴れている間にも足は進んでいたようで、それから数秒ほどで寝室に着いた。
ポフッと柔らかいシーツの上に降ろされてやっと自由になった手足にホッと息を吐く。
「……ありがとうございます。」
一応礼をして辺りを見回すと、その広さと豪華さに硬直する。
真っ白な四本の柱で取り囲まれた円形の巨大なベッド。光沢のある白地に金糸で細やかな模様が織り成されている豪奢な天蓋。後ろに手をつけば手の形に沈むような、柔らかで上質なクッション。
クラリと目眩がした。
……これ、もしかしなくてもファサイル様の寝床だよね?
奴隷に、というか平民でもこんな高級ベッドはあり得ない。
「あの、僕床とかで結構ですから……。」
こんな所に万が一涎でも付けたら……いや、髪の毛一本でも落としてしまったら。
そう思うと怖くて眠れやしない。
「他人の寝床では寝られない体質ですか?しかし客間を用意させるにも準備が要るので我慢して下さい。」
いやだからそういう事じゃなくって……。
「ああ、一人では眠れないんですか?」
いや僕そこまで幼くないから……。
不意に体を倒され、シーツに体が沈む。
覗き込むようにして左手をついたファサイル様の、耳に無造作に掛けられていた御髪の一筋がパサリと落ちる。
「仕方がないですね。添い寝でもしてあげましょうか。」
一体いくつだと思ってるんだ……。
ツッコミたい事は山ほどあるのに、上質な寝具達が僕を夢の国へ誘ってくる。
また熱が上がってきたのかフワフワと思考が定まらない。
「ほら、今は何も考えずにさっさとお眠りなさい。その頭で考えたところで何の役にもたちませんから。」
空いている右手が僕のくせっ毛な髪をとかすように触れる。
そのまま降りていった長い指がツーッと顔をなぞり、くすぐったい。
僕の腕まで辿っていったそれは、手のひらを優しく握る。
やっぱり冷たくて、気持ちいい。
瞼がどんどん重くなる。
何か言っている気がするけれど、ファサイル様のテノールの美声は子守唄のように益々眠気を誘うだけだ。
いつの間にか、僕は眠っていた。
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