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11、会話

「で、でもさっき頷いてくれた!」 あれは聞こえてないと無理じゃないのか。 「サミーウは読唇術を使えますから。それでもさっきの貴方みたいに急に喋りながら動かれたら驚いて反射的に避けますがね。」 そういうことは先に言ってよ! 「……怪我?」 聴覚障がい者の存在は知っているし、それが原因で発音などが難しく喋り難くなる事も医術の授業で習った。でもこの子のように全く喋る気配が無いというのはあまり聞いたことがない。 「怪我といえば怪我ですが、この子の場合は故意に喉を潰され耳も聞こえないよう穴を塞がれています。……噂程度には知っているでしょう?一部の貴族の間で秘密の漏洩を防ぐ為に、密会用の耳も聴こえず喋りも出来ない奴隷が作られているというのを。」 そんな……。 聞いたことは有るけど、そんなの文明が遅れていた昔の話じゃ……。 「嘘ではありませんよ。現にこの子は取り潰しに遭った貴族から取り上げた奴隷ですが、この子以外に数人、同じように耳と喉を使えなくされている奴隷がそこにいました。サミーウの手術が一番上手くいったのでしょう、他の奴隷は処置の仕方が悪く引き取って直ぐに亡くなりましたから。……中には直接耳を切られていた子もいましたしね。」 淡々とした口調からは想像もつかないような内容を話され絶句する。 そんなの、手術とは言わない。 ただの暴力だ。 奴隷だからといって何をしても良い筈が無い。 聖書にも書いてある。 善き主人とは奴隷を正しく教育し、慈しむ者である、と。 人を癒やす為の医療技術がこんな事に使われたという事実は、医術師を志す者として絶対に赦せないし、悔しい。 人として余りにも酷すぎる。 気づけばポロポロと涙を溢していた。 徐に手が伸びて、涙を拭われる。 ……? 顔を上げると、そこにいたのはサミーウだった。 不思議そうに首を傾げて僕の涙を掬いとった自分の指を眺めている。 それからファサイル様の方を向き、手を忙しなく動かした。 「ラヒームはどうして泣いているのかって?大丈夫ですよ、何処かが痛い訳ではありません。いいえ、病気でもないですよ。そうですね、強いて言えば心が痛いのですよ。心配せずともサミーウのせいでもありません。」 納得出来ない、とでも言うように眉をしかめるサミーウに、ファサイル様がお前にはまだ少し難しいですね、と苦笑していた。 「……何で、喋って無いのに。」 まるで会話が成り立っているかのような雰囲気を醸す二人に、驚きで涙が引っ込んだ。 それを見てサミーウが安心したように少しはにかんだ。 「さっきのサミーウの手の動きをみましたか?」 「え?はい。」 ジェスチャーというには不自然な手の動きだった。 「手話と言うんですよ。この国ではあまり知られていませんが、一定の法則に従って手の動きで言葉を作るんです。」 「へぇ!でもそれって耳が聞こえなかったら覚えるの滅茶苦茶大変なんじゃ……。」 「まあ、サミーウが手話で自由に会話出来るようになるまでそれなりに時間を要しましたね。」 それでも会話出来るようになるなんて凄い。 相当努力したんだろうな……。 「ファサイル様とサミーウの他に、手話出来る人は……?」 「サミーウの交友範囲ではいませんね。他の奴隷達は何となくの雰囲気で接しているようですし。」 雰囲気……でもそれじゃあ、ほぼ聞き役に徹するしかないんじゃないかな。 「……僕にもそれ、教えて頂けませんか?」 会話が出来る相手が一人だけなんて、僕だったら絶対に寂しい。 それにサミーウともっと仲良くなりたい。 すがるように見つめると、ファサイル様が少し考える素振りを見せて言った。 「そうですね、お前の記憶能力なら直ぐに使いこなせると思いますよ。……与える仕事が疎かにならない範囲でなら、サミーウに教えて貰って構いませんよ。」 出来ますか?と聞かれ首がもげそうなくらい何度も頷く 「やります!絶対に仕事を疎かになんてしませんから!」 何の仕事かは知らないけれど。 「良いでしょう。サミーウ、お前が覚えるのに使った五十音表まだ持っていましたよね?あれでラヒームが暇な時に教えてあげなさい。」 コクリと、サミーウがいつもより少しだけ深く頷いた。 表情は変わらないけれど、充分嬉しい。 新しい環境で、新しい仲間作り。 頑張ろう。 ラヒームはぎゅっと拳を握りしめた。

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