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13、手話
「はじめまして」
コクリ
「こんにちは」
コクリ
「ぼくのなまえはサミーウです。」
コクリ
「今日は午後から予定が有ります。」
フルフル
「あ、午前か」
コクン
「街に買い物へ出掛けます」
コクリ
・・・・
法律全書を何とか付箋まで模写仕切った僕は今、サミーウが作る手話を一覧表に当てはめながら当てるという練習をしている。
相変わらず汚い字ですね、と毒を吐かれたがそんな事は知ったことでは無い。
念願の手話を始めてから一時間、大分要領が分かってきた。
取り敢えず初歩の五十音の手話と日常会話20種類は覚えきったので今は休憩中だ。
サミーウが淹れてくれた温かいチャイで一息をつく。
「でもサミーウは凄いよねー。読唇術も手話も両方出来るんだもん。」
さっき読唇術もしてみたくて無理矢理頼んでやって貰ったけど、手話と違って動き早いし違いも小さくて全然分からなかった。
あんなに微妙な唇の動きを瞬時に読み取れるなんて、ホントに尊敬する。
しかし僕の感嘆にサミーウはフルフルと首を振る。
”ボクはスゴく無い。ラヒームの方がスゴい”
「えー、謙遜しなくても良いのに。」
”ラヒームは読み書きが出来る”
僕が午前中複写していた紙を指してサミーウが言った。
え?
「……サミーウは書けないの?」
サミーウはコップを置いて、コクリと頷いた。
…それは変だ。
奴隷に落とされた者はまず改宗させられ、次に文字を教わるというのがこの国の決まりだ。
僕みたいに平民から奴隷になった場合は元からアッラーフ教だし文字も書けるから、その工程は省略されるけど。
そんな識字率が他のどの国よりも高い数字を誇るこの国で、読み書きが出来ないだなんて
それなのに書けないとは、どういう事なのだろうか。聞きたいのはやまやまだけど、聞いちゃいけない事のような気がして言葉に困る。
……そうだ。
「じゃあ、手話教えて貰った代わりに教えて上げる!」
”それはダメ”
「何で?」
我ながら妙案だと思ったのに。
”ファサイル様が困る”
「そんな事無いと思うけど。寧ろ文字が書けたら他の使用人達ともコミュニケーション取れるし、ファサイル様も喜ぶと思うよ?」
大体手話はオッケーで文字はダメだなんておかしい。
説得しようとするが、ブンブンと首を振られる。
"文字は、ダメ。"
「ダメって……もしかしてファサイル様がそう言ったの?」
嫌な予感がして思わず聞いてしまったが、慌ててそんな訳ないじゃないかと自分に言い聞かせる。
噂では冷酷無慈悲だって聞いてたけど、実際会ったらそんな事は無かったじゃないか。
お風呂も看病も勉強も、普通の奴隷には有り得ない事だ。
それを当たり前のようにしてくれたあの人は、口調は厳しいけど面倒見が良くて、優しい人なんだ。
だから、そんな非人道的な事するわけない。
そう信じていたのに、サミーウはコクンと頷いた。
”ファサイル様から禁止されてる”
「何で、そんな事……」
”ボクには必要ないから”
無表情で言い切ったサミーウに呆然とする。
「そう、ファサイル様が……?」
”うん”
「……必要ないなんて絶対おかしいよ!ちょっと、ファサイル様に聞いてくる。」
…きっと、サミーウは何か勘違いしてるんだ。
そうに決まってる。
そうでなければ平然と、人として当たり前の権利を虐げられていることを受け入れられる筈がない。
そして何より、サファイル様がそんな事言う筈が無い。
くるりと背を向け部屋を出ていったラヒームに、サミーウの"やめて"という言葉は見えなかった。
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