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16、男

渋々出ていった後、直ぐに例の小僧が中庭の石段に腰を落ろしているのを見つけた。 何やら地面に向かってブツブツと呟いている。 このまま放って置きたいのはやまやまなんだけどなぁ。命令は”見張って置け”であって説得しろでは無い。 しかしこのガキの事だ、放って置けばいつまでもここに居座るに違いない。 一時間も二時間もコイツに付き合ってるだなんて冗談じゃない。 あのイケ好かない大宰相(サドラザム)サマも、俺がそんな悠長な事してる程暇じゃない事を見越した上で命令したんだろう。ホント、嫌な奴だ。 「おい、小僧。」 「うわっ!」 柱の影から出て声を掛けると、驚いたように振り向いた。 「だ、だれ?」 「バーティン。小僧の御主人サマの奴隷だよ。」 「はぁ、、バーティン、さん?あ、僕はラヒームです、えっとファサイル様の……」 「知ってるよ、俺と同じ奴隷だろ?」 セリクだった頃からな。 売り子やら爺さんに化けて何回も会ってるんだが、全く気づく様子は無い。 うん、流石俺様の変装技術だ。 「はい。えっと、何の用ですか?」 「慣れねぇ敬語なんざ使わなくて結構だ。なに、大宰相サマにお前の子守りを言い遣ってね。」 「ファサイル様から……?」 直球で言えば、ビクリと肩が跳ねる。 「そう硬くなんなよ。サミーウの事教えてやっからさ。」 「え?ホント?」 ……こいつ、基本人の言うこと直ぐ信じるよな。それこそどっかの貴族のボンボンかと思うくらい、警戒心が薄い。一体どんな平和ボケした村で育ったんだか。 「ああ、ホントさ。俺は古株だからサミーウがここに来た時から知ってるんだ。」 「へぇ~、じゃあファサイル様の事も……?」 「まあ、そこら辺の奴よりは知ってるんじゃねぇか?」 「……ファサイル様ってどういう人ですか?」 「むっつりスケベ。」 「………へ?」 「清廉潔白代表みたいな顔して性癖とことん拗らせてる残念男。」 「………は?」 「分かりにくいか?なら具体的に言ってやる、例えばだなぁ、アイツ好きな「いいです!やっぱり言わなくていいです!それよりサミーウの事教えてください!!」 残念。折角アイツの性癖先取りして色々教えてやろうと思ったのに。 「……冗談はさておき、ならお前は逆に何処まで知ってるんだ?サミーウの事。」 「え?あ、その、口が聞けない事とかの訳は教えて貰いました。」 「なるほどね。じゃあ考えてみな?サミーウの特性が最大限活かせる仕事。」 「活かせる……。」 うーん、と考え込んでいるが思い浮かばないらしい。仕方無く助け船を出してやる。 「サミーウは元々何の為の奴隷だったんだ?」 「え?……あ!秘密を漏らさない、というか漏らせないんだ……じゃあ、もしかしてファサイル様も同じように……?」 サッと青ざめたラヒームに慌てて否定する。 「ちげーよ!いや、ちょっと似てるが。情報屋……所謂スパイみたいな事をしてるんだ。ちなみに俺も情報屋だ。」 サミーウの場合、情報屋とは少し違う事もしているけど。 「なっ……やっぱりそんな危ない仕事させてるんだ!」 「落ち着け、それはサミーウが自ら望んでやってるんだ。無理矢理使役されていた以前とは違う。」 「自ら?なんでそんな事……」 「普通に生活するのでもやっとだった体のサミーウが、普通の仕事に就いて一人で生きていくのはどう考えても難しかった。しかも既に多くの貴族の秘密を見聞きしている分、常に命を狙われている。そんな中で生き残る数少ない道の一つが大宰相サマが提案したこの仕事だったんだ。」 「提案?強制じゃなくって?」 「ああ。大宰相サマの知人に引き取って貰うっていう案もあったしな。だが、大宰相付きの奴隷となればおいそれ手は出せ無いし、情報屋として仕込む為に武術や読唇術を身につけられる。それに危険な分報酬も多い。……サミーウはそういうことを全部考慮した上でこの道を選んだんだ、自分の未来の為に。宰相サマは利益にならない事はしない主義だが、一方的に利益を得ようとするような奴じゃない。だからお前がそれにとやかく言うのはお門違いだ。」 「……じゃあ文字を禁じるのは。」 「それは情報の秘匿も勿論あるが、一番はサミーウ自身の安全だろうな。」 「安全……?」 「この国で手話の存在を知っている奴は殆どいない。だからサミーウは外から見れば喋れないし文字も書けない 、まるで愛眼人形のような存在なんだ。実際表向きには色小姓って事になってるからな。……そんな奴が情報屋なんてやってるなんて普通思うか?」 「思わない…」 「だろ?だから大宰相サマはサミーウに文字を覚えさせない。他でもないサミーウの安全の為に。」 まあ殆どは情報の秘匿の為だろうし、提案って言ったって、情報屋になるかロリコン貴族の色小姓になるかの二択だけどな。 「そういう意味があったんだ……。」 「言っとくが、この事は誰にも言うなよ?サミーウが情報屋だって知ってんのは陛下と大宰相サマ、そして俺だけなんだから。」 「へ!?そんな大変な秘密僕に教えて良かったの?」 「お前にサミーウを会わせて、しかも手話まで教えたって事はあの大宰相サマもいづれ言うつもりはしてたんだよ。」 「そっか……。」 まだ完全に納得している訳じゃあ無さそうだが、とりあえず怒りは収まったようだ。 後は謝りにでも行くように仕向けて大宰相サマの所まで連れていけば、俺はめでたくお役後免になるわけだ。 「ところで小僧「それなら僕だけこんな待遇受けるのはズルい!」 「は?」 突然拳を握り締めて立ち上がったラヒームに驚いて目を見張る。 「だってそうでしょう?サミーウもバーティンさんも危険な目をして仕事してるのに、僕だけ勉強が仕事なんておかしいじゃないですか!バーティンさんはともかくサミーウの方が僕より小さいのに!!」 ……別にそんな事は思わねぇけど。 ていうかサミーウはお前と同い年かそれより上だぞ? 「ちょっとファサイル様に文句言って来ます!もっと仕事下さいって!!!」 「おい!?」 気付いた時にはくるりと背を向けてラヒームは走り出していた。 「ホントに行っちまった……。」 あの小僧の思考回路が理解出来ねえ。 自ら腹を空かした狼の懐に飛び込むなんて、どんだけ馬鹿なんだよ。 まあ、とりあえず任務完了ってことで良いよな……? 俺は知らねぇ。 小僧がどう料理されようが、どう喰われようが、俺には関係ねぇ……!!! 男はそう心の中で叫びながらも、静かに合掌するのであった。

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