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18、ハマム①
入り口の一面を覗く五つの壁にはアーチ状の窪みが出来ていてそこには3、4人がゆったりと腰掛けられる石段が付いている。
窓の無い壁は普通窮屈感を覚えさせるが、高い天井と広い大理石の床がそれを忘れさせる。中央にある六角形の台座には 古代魔術の構築式がアートとして描かれ神秘的な雰囲気を演出している。
白い水蒸気がそれらを覆えば、中央に居る僕達はまるで雲の上に居るような気持ちになる。
しかも中央の台に寝そべるそのお人は、背中に翼が生えているのでは無いかと疑うほどの神々しいお顔と引き締まった体躯の持ち主なのである。
「ち、力加減は如何ですか-?」
全てが一介の奴隷である自分は余りにも場違いで、つい空気をぶち壊すような声を上げてしまった。
「強すぎます。私の繊細な肌を荒れさせるつもりですかお前は。」
……黒い翼の間違いだった。
「しょうがないじゃないですか!清め役 なんてした事どころかやって貰った事も無いんですから。」
「魔法学校の寮にもいたでしょうに。」
「チップ払うのが勿体無いじゃないですか。」
「救いようの無い貧乏性ですね。」
はあっとわざとらしくつかれた溜め息が浴室に響く。
「たったお一人の為にこんな光熱費がかさみそうな無駄に広いハマム造る散財家よりは貧乏性の方がずっとマシだと思いますけど。」
「使用人の為に2つも3つも造るよりも一つに纏めた方が節約出来るんです。ちょっと考えればそれくらい解ると思うんですけどね。」
「へ?使用人って……奴隷も此処のハマム使うんですか!?」
普通そんな事あり得ない。
主人と使用人が同じハマムを使用するなんて。
「時間は21時以降と限られていますけどね。」
なんと!この御主人様なかなか太っ腹ではないか。こんな豪華なハマム、洗い役として入れただけでも結構嬉しかったのに、使えるだなんて。
後でサミーウを誘って一緒に入ろう、とウキウキしながらファサイル様の背中に汲んできたお湯をかけ流す。
「ところでお前は何故服を着ているんです?」
「はい?」
「二度も入るのは時間の無駄でしょう。脱ぎなさい。」
「へ?」
脱ぐ?衣服を?
「いやいやいや!普通ケセジは脱ぎませんよね!?」
上裸のケセジとかは結構居たけどさ!
「此処では私がルールです。私が脱げと言ったら鳥だろうが奴隷だろうが脱ぐんです。」
「鳥って脱ぐもの無いですよね!?ていうか変態発言ですよそれ!」
「時々、いや高頻度で主人に向かってホントに失礼ですよね、お前。」
そろそろ怒りますよ、と真顔で言われ慌てて口を手で覆う。
「何をぼーっとしてるんですか。自分でしないのなら脱がせますよ。」
「なっ、自分でします!」
グイッと膝立ちしていたズボンの裾を引かれ、慌てて止める。
なんだったってそんなに脱がせたいんだ。
やっぱり変態じゃないか。
まあ、学生時代は常時満杯の浴室に入っていたし、別に男に裸を見られるなんて恥ずかしくもない。
そう思って上着をガバッと脱ぐ。
「色気の無い脱ぎ方ですね。」
「男に何求めてるんですかっ!」
舌打ち聞こえてますからね。
滅茶苦茶反響してるし。
ジトリと見下ろすと、俯けに寝そべっていたファサイル様はいつの間にか横になって頬杖をついてこちらを見つめていた。
ギクリ、とズボンに掛けていた手が止まる。
湯けむりでしっとりとたわむ白銀の髪、寝そべっている事で自然と上目遣いになる赤い瞳、蒸気して桃色に染まった頬、水に濡れた薄い唇。
気づけば心臓がバクバクと煩く鳴っていた。
……フェロモン放出し過ぎではなかろうか。
男なのにドキドキしちゃったじゃん。
「何です?脱がないんですか?」
「あ、あんまり見つめ無いで下さいっ」
「嫌です。」
即答ですか。
変に意識しちゃってやり辛すぎるんですけど。
でも命令だし、しなきゃ脱がされるし……。
考えた末に、クルリと背を向ける事にした。
せめて視線から逃れればこんなに意識しないで済むだろう、と。
でもズボンをグイッと下げた瞬間、それは間違いだと悟った。
「やはり全体的にもう少し肉を付けた方が良いですね。背骨が透けて見えるのは痩せすぎです。お尻はなかなか良いですよ、好みです。」
「な、な、なっ」
何堂々とセクハラ発言してるんだ……!
慌ててお尻を手で隠して顔だけ振り返る。
「変な事言わないで下さい!」
「ほら、後ろはもういいですから前を向きなさい。」
……全然話が通じてない。
「……どうしても振り込かなきゃダメですか?」
「後ろ向いたままどうやって私に給仕するんですか?」
「うぅ……。」
それはそうなんだけど……。
背中越しに伝わってくる視線が痛い。
圧倒的なオーラを放つこの人は、男とか女とかそういうものを超越している。
同性なのに、いや同性であるからこそ意識してしまう。
あー、うー、と悩んでいると、不意に視界に陰が射し込んだ。
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