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21、色小姓
赤や黄色といった色とりどりのお魚さんが、海底にひしめき合う珊瑚の合間を縫って泳ぐ。
僕もそんなお魚さん達の後を追ってスイスイと泳ぐ。
不思議なことに、息は自由に出来る。
日光によって暖められた海水の温度は冷たすぎずぬるすぎず、丁度良い。
ああ、なんて気持ち良いんだろう!
幸せを噛み締めた次の瞬間、唐突に口の中が水で溢れた。
それまでが嘘のように、息が出来ない。
「ゲホゲホゲホッ!!」
!???
飛び起きてゲホゲホと中身を吐き出し、ふと周りを見ればそこはアクアマリンの美しい海底ではなく、ファサイル様の寝室だった。
「やっと起きましたか。」
ベッドの縁に腰掛けたファサイル様が空のコップを持って言う。
僕の体は吐き出したナニカによってビシャビシャである。
「……何したんですか?」
「別に、起こすのに水分補給を兼ねて水を飲ませて差し上げただけですよ?」
「寝てる人に水飲ませるって、普通に死にますよねそれ!?」
死ななくても器官に水が入って滅茶苦茶苦しいし!!
「危険を察知して起きれたでしょう?」
本能に訴える方がお前には有効そうですし、とサラリと仰るが失礼すぎやしないか 。
鬼畜過ぎる起こし方に寿命が10年くらい縮んだ気がする。
楽しい夢があっという間に悪夢に変わった。
「もう少し穏やかな起こし方でお願いします!」
「夕食の時間だというのに起きないお前が悪いのでしょう?」
………夕食?
「え、今って朝じゃあ……?」
窓の外を見ると確かに真っ暗だ。
「覚えて無いですか?湯当たりして気を失ってたんですよ。」
湯当たり………?
そうだ、仕事が欲しいって頼んだんだ。
それでケセジとして一緒にハマムに行ったにが夕方の5時くらい。
そこで手本を見せてやるって言われて……
「ひっぎゃあ!!!!」
「思い出しました?」
一瞬にしてハマムでの情事を思い出し、茹でタコのように赤くなった。
ファサイル様も僕も男なのに、興奮して、胸で感じて、、、
「なかなか可愛らしかったですよ、快楽に溺れるお前の恥態。」
「どこがですか!?あんな気持ち悪い………!」
もうお嫁に……いやお婿にいけない。
あんな恥ずかしい姿を見られてはとても直視なんか出来ず、顔を手で覆う。
それを見たファサイル様が小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「コレくらいでそんなに恥ずかしがっていてはこの先やっていけまんよ?」
コレくらいって……あれのどこがコレくらいなのだ。
っていうか、
「この先??」
「仕事が欲しかったのでしょう?喜びなさい、色小姓の仕事をお前に遣ります。」
「…………は?」
色小姓?
「分かりませんか?性奴隷……セックスドールとでも言いましょうか。」
いや、そういう事じゃなくて。
「あの、、僕男ですよ……?」
「それが何か問題でも?」
「いや、問題は………ってアリアリですよ!」
当然と言わんばかりの態度に思わず流されそうになったが絶対オカシイ。
「僕じゃ子供産めませんし、非生産的すぎるじゃないですか!!」
「産めないから好都合なのでしょう?それに男の方が丈夫ですし私が楽しめます。」
「………やっぱりそういう御趣味で?」
「そうだと言ったら喜んで付き合って頂けますか?」
んなワケ有るかとブンブン首を横に振ると、残念そうに舌打ちされた。
「……何で僕なんですか?他にもっと綺麗な人いっぱいいるのに。」
バーティンさんとか。
ファサイル様並みのスタイルと美貌を持ってたよ、あの人。緩く編まれた若草色の豊かな髪に、エメラルドグリーンの瞳、陰を落とすというのはこの事かと納得させる長い睫毛。学生時代の友達の理想の彼女像そのままである。
男性特有の太い声と乱暴な言葉遣いが無かったら、完全に女の人だと間違えてたもん。
「苛めがいがありそうだから。」
「………。」
確かにバーティンさんは苛められ側より苛めっ子っぽいけど。ってやっぱりドSじゃん、この人。
「そんなに嫌ですか?」
「絶対嫌です。」
ジロリとファサイル様を睨むと、ファサイル様もそれに答えるように赤い瞳を僕にぶつけた。
一体どこをどう考えたらOKされると思えるのか。
イケメンだから何しても良いだなんて、僕は絶対思わない。だって男だし。
誰が許容するものか!と頑なに拒否の姿勢を続ける。
30秒ほど睨み合っただろうか。
はぁ、と溜め息をついてファサイル様が目をそらした。
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