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22、おいしい話

「仕方がないですね。私も無理矢理抱くのは趣味ではありませんし………」 ……お? 「取り引きしましょうか。」 「はい?」 諦めるんじゃないんかい! 「先に言っときますけどお金は要りませんからね!」 お金で体売るほど落ちぶれたくはないし、そもそも外出禁止だからお金の使い処も無い。 だから何言っても無駄ですよ!と鼻を鳴らす。 ファサイル様はそんな僕の態度を華麗にスルーして口を開いた。 「カースィム大医術師。」 「……は?」 「この名前は知ってますよね?」 「当たり前です!」 知らないもなにも、医術師志望者なら……いや、魔術師なら誰もが知っている名前である。 現在使われている医療魔法の半分を開発したと言われる伝説の医術師、サボンジュール大聖医術師の一番弟子にして、現皇帝アブデュルヘミス陛下の御抱え医師である稀代の名医だ。 36歳という若さで医術界のトップに君臨するカースィム様は僕達医術師の卵の憧れであり目標だ。 ……そんなお人に何の関係があるというのだ。 「私がカースィム殿にお前を紹介すると言うのはどうですか?」 「紹介?」 あのカースィム様に? 大宰相のファサイル様とカースィム様が知り合いなのは分かるけど、僕を紹介って……。 「ええ。医術研究をするのに使いがっての良い奴隷が欲しいと前々から相談を受けていたんですが、医術知識のある奴隷なんてそういませんからね。」 !!! 「で、でもそれって普通医術候補生がやるものなんじゃ……。」 「大医術師」「医術研究」なんて素敵な言葉につい惑わされそうな自分を必死で諌めるが、興奮で唇が震える。 落ち着くんだ!一介の奴隷に医療機器なんて触らせるワケが無い。せいぜい研究部屋の掃除ぐらいだ。 ……でも掃除でも研究部屋に入れるならかなり魅力的。 いやいや、それと体売るのじゃ釣り合わない。 冷静になるんだ自分!! 「勿論そういう研究は大学機関で候補生をお使いになっていますが、彼が欲っしているのはあくまで個人的な研究の助手です。」 「個人的な研究って?」 「国家予算が降りない、要は貴族には需要の無い一般医療魔術や医療技術などについての研究開発ですね。」 一般医療魔術って……。 「滅茶苦茶重要じゃないですかっ!」 魔力が無くても使える医療魔道具とか、国家医術師じゃなくて普通医師による医療技術とか、平民にとって最重要事項の医療ばかりだ。 逆になんで国の予算降りないんだよ! 「そうです、重要です。しかし現状は領土が拡大する一方で、とても地方にまで手が届きません。大体医術師の人数が少な過ぎて技術が進歩しても人が追いつきませんからね。」 「うー、確かに中央に来るまで国家医術師なんて見たこと無かった。」 魔力を持たない普通医師だって、僕が知ってるのは村から百キロも離れた都市にいるじっちゃんだけだし。 「まぁ、それはさておき、なかなか美味しい話だと思いますけど。」 うん、滅茶苦茶おいしい。 でも体を売るのは……。 うぅ、と迷う僕を煽るように、ファサイル様が言葉を並べ立てる。 「何を迷う事があるのです。お前が手伝う事で少しは多く一般に流通させる薬を作れますし、その分人が助かるのですよ?」 「そう、だけど。」 「お前の夢は医術師になる事なのでしょう?故郷の者に恩返しする事なのでしょう?」 「う……。」 「お前の覚悟はその程度ですか?結局は自分の身が一番可愛い。」 「そんなことっ」 「無い、とは言えないでしょう?お前が助手をするという薬剤生産の効率化によって助かる命より、自分の体の方が大事なんですから。」 「………。」 「別に責めてはいません。人間なんてそんなものですから。」 この話終わりにしましょう。 畳み掛けるようにそう言って扉に向かったファサイル様に、気づけば叫んでいた。 「待って!やる、やるから!」 「何を?」 途端にクルリと振り向いたファサイル様は分かっている癖に意地悪な笑みを浮かべて尋ねる。 結局いつもこの人の思うがままだ。 そう思うと凄く嫌だけど、言いなりなんて性に合わないけど___この人が出す条件は、決して片方だけに優位なものではない。 きちんとこちらにも充分な利益がある。 ……そしてこの人の利益の殆どは、国の利益だ。 たった2日しか共に過ごしていないけど、バーティンさんの言葉やこの人の言動、何よりこの人が大宰相になってからの肌で感じるほど著しい平民の生活水準の向上を考えれば、その事は自明だ。 挑発するような言動は全て正論。 認めるのは悔しいけど、意固地になって認めないよりは素直に認める方が断然大人なのだ。 「…ファサイル様に俺の体をくれてやりますからカースィム様のお話宜しくお願いします!」 「一部言葉がおかしいですが……まあ良いでしょう。」 フッ、と静かに笑ったファサイル様は珍しく本当に愉しそうだった。 多分、きっと、この選択は間違いじゃない…………ハズ。

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