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34、知らなかった事実

「そんなに怯えなくてもだいじょうぶだよ?正規じゃ無い奴隷なんて山ほど居るし誰もそんな事気にしないから。」 「………え?」 咎められてない……? 「だってこの御時世、戦争奴隷だけじゃとても人手は足りないし、奴隷商がそこら辺の旅人やら国境近くの農村で違法にとっ捕まえて奴隷にしてるのは周知の事実だしね。買い手の僕達は奴隷の出身なんて知ったこっちゃないから野放し状態だよ。」 ……奴隷制って、そんな適当なものなの? 一瞬にして膨れ上がった緊張がへにゃりと崩れる。 何だったのか、さっきの緊張は。 「んー、でもその奴隷ならなんで違和感……あ、君の故郷って北の方?」 「へ?……はい。」 最北端って言って良いくらいに北だけど……。 出身地は流石に言えないけど、それくらいなら大丈夫か。 でもなんで? 「なるほどねー。最近属州になったトコの生まれだからか。」 「ぁ、そういえば……。」 僕が生まれる二、三年前に税金対策で他宗教からこっちの宗教に変わったって言ってた気がする。 異教徒でも自治は可能なんだけど、その代わり人頭税払わないといけなくなるから。 納得したように一人でうんうんと頷くカースィム様に取り敢えずホッと胸を撫で下ろす。 「そっかー、流石にまだ辺境だとこっちの慣習には馴染んで無いんだね。」 「まぁ……。」 そう言われればそうかも。 確かに故郷の学校で習った聖書の解釈と魔法学校で習った解釈は、かなり違う部分があった。 休息日だって都では当たり前のように金曜日だけど、僕の住んでた所では日曜日だったし、お祈りの前に足を洗う決まりも知らなかった。 入学試験は聖書を丸暗記すれば解ける形式だったから良かったものの、もし解釈などが問われていたら確実に落ちていただろう。 「国の宗教上、神を信仰している限り人は全て平等だからね。奴隷は奴隷でも西国のような家畜同然扱いを受ける奴隷とは違うんだ。」 「それは学校でも習いましたけど、婆やのお話に出て来る奴隷はやっぱり酷い扱いだったし、ド田舎だったんで奴隷自体殆ど見たこと無かったので……。」 理想と現実は違う。 二つ、或いは二人以上存在する限り個々に特徴があり相対されるワケで、相対する限り優劣は必ず存在するのだ。 聖書にどう書かれていようが、実際の奴隷の扱いなどそんなものだと勝手に納得していた。 「まあ、ねえ…。言いたい事は分かるよ。やっぱり街に出ると奴隷の扱いは酷いものだしね。徹底されているのは読み書きを学ばせる事くらい。」 ……徹底って言われても、サミーウの例を見てしまった限り怪しいものだ。 不信な気持ちが表情に出てしまっていたのか、カースィム様が困ったように笑って手をヒラヒラと振った。 「アハハ…例外はあるけどねぇ。それはともかく、能力の優劣が生まれには関係無いってことを少なくともこの国の王は知っているんだ。実際に先の皇帝の時代から、奴隷が兵士や文官に登用される事が少しずつ増えてきたし、今の皇帝が帝位に就いてからは積極的に奴隷を登用して、奴隷だけの軍隊まで作り上げている。何よりファサイルの存在そのものがそれを証明しているしね。……まぁ差別意識が全く無いとは言えないけど、それでも他国に比べればウチはかなり実力主義の社会だし、モラルのある人間は奴隷に相応の給料を払うし、才能を認めた奴隷を養子に迎える事もあるんだ。」 「奴隷が……養子?」 奴隷なのに貴族の子供になれるって事!? 「やっぱり知らなかった?まあ正しくは解放奴隷にして、法律上平民にする手続きをしてから養子にするんだけどね。ファサイルは正しくそれだよ。」 「へ?ど、奴隷だったんですかあの人!?」 思わず椅子から立ち上がったラヒームにカースィムはイタズラっぽい笑みを浮かべる。 「スゴい国でしょ?ファサイルの事恐れて皆触れないようにしてるから若い子は知らないかもしれないけど、僕達の間では有名な話だよ。」 ほぇぇ。 奴隷が最大権力者って…確かに色んな意味でスゴい国だ。自分が生まれ育った国なのに、全然知らなかった。 でもそこまで這い上がるには並大抵では無い努力と運と実力を兼ね備えていなければならないことくらいは想像に難くない。 昨夜の一件のせいでエロいイメージしか無かったけど、本当に凄い御人だったんだ…。 「ふふ、取り敢えず納得してくれた?自分の扱いについては。」 「あ……はい。」 それについてはもう、充分に。 余りの衝撃的な事実に話の趣旨をすっかり忘れていた僕は、動揺した頭のままコクコクと何度も頷いた。

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