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朝、一時間目の予習をしていたら深山木が教室にやってきた。 昨日、彼を突き飛ばして自宅へと逃げ帰っていた僕はすぐさま目を逸らした。 他のクラスメートは深山木を食い入るように見つめるか、僕と同じく明らかに遠巻きにしている。 騒がしかった室内が急に余所余所しい空気へと変化した。 「深山木君!」 そんな空気を刺々しい一声が引き裂いた。 横目で窺ってみると教室のドア口に一人の生徒が突っ立っていた。 セーラー服の内側に深山木の手を感じていた、同じクラスの女子生徒だった。 「昨日のアレ、何?」 彼女が怒っているのは一目瞭然であった。 僕が教室の扉を開いた直後に見せたしおらしい態度とはまるで違う。 数人の生徒が耳打ちし合い、薄笑いを浮かべて成り行きを傍観していた。 僕は無表情の深山木を盗み見てヒヤリとし、顔を伏せた。 「何様なの? 問題起こしてこんなトコに来たくせに」 深山木は教卓の前に立っていた。 彼女は教室の後方にいる。 窓側の一番後ろの席に着く僕は当事者でもないのに椅子の上で頑なに固まったままでいた。 「今、誰か何か言った?」 小声で交わされていた話がぴたりとやんだ。 隣の教室の喧騒が流れ込んできて、ある男子生徒の発する大声がはっきりと聞き取れるようになる。 他愛ない、実に下らない内容だった。 憤っていた女子生徒も冷やかしたがる連中も声を忘れた。 荒々しかったわけでもない深山木のたった一言で教室中が黙した。 「ッ……」 机ばかりを捉えていた視界の端に彼のシューズが写り込んだ。 名前は記入されていない。 でも、より張り詰めた周囲の雰囲気で深山木の足だと直感した。 「深山木、もう予鈴鳴ったぞ」 扉を勢いよく開いてやってきた担任に咎められても深山木は返事をしなかった。 彼の両足は動き出そうとしない。 僕は絶対に顔を上げるまいと唇を噛んだ。 「深山木!」 二度目となる呼びかけの後、ようやく視界から彼の両足が消え去った。 「……何か怖い、あいつ」 「暴力事件起こして遠くから引っ越してきたんでしょ?」 深山木に関する話が密やかに増殖していく。 僕は顔を上げた。 彼はもういない。 担任は眉間に縦皺を寄せて露骨に不機嫌そうにしていた。 「ねぇ、見られてたよ?」 隣の席の女子に話しかけられ、僕は曖昧に頷いて開け放たれた窓の外に視線を注いだ。 空は眩しい青に満たされていた。

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