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掃除時間になり、クラスメートと一緒に担当の化学実験室へ移動した。 僕は廊下側の実験台を雑巾で乾拭きしながら帰りのホームルームを心待ちにしていた。 深山木はあれから教室を訪れていない。 さすがのトラブルメーカーも騒ぎを起こしたばかりの他教室に出向くのは気まずかったか。 とにかく残りの一日、彼と接触せずに速やかに家へ帰りたかった。 本当、あいつ、何を考えているんだろう。 周囲を馬鹿にして好き勝手にやって、敵ばかりつくって。 どうして普通にできないのだろう。 あそこまで無神経でいられるのだろう。 突然キスなんかしてきて、からかうにも程がある。 ……やめた、何も考えたくない。 僕は誰かの忘れ物であるペンケースを実験台の端に追いやってため息をついた。 ふと、うなじに風を感じた。 陰気臭い地下室を思わせる実験室はいつだってブラインドが下げられている。 窓の方も閉めきっていた。 じゃあ、どこから吹いているんだろう?  辺りを見回す前に僕は妙な感覚に襲われた。 誰かに見られている。 普通の視線じゃない、居心地が悪くなるような容赦ない鋭い眼光で誰かが僕を射抜いている。 振り返って、こちらを見つめる眼を見つけた時、思わず鳥肌が立った。 廊下側の壁際には棚が並んでいた。 メスを入れられた蛙の標本。 ラベルが腐食した褐色の小瓶。 ピン止めにされた蝶達。 棚の背面と接する擦りガラスの窓は施錠されている筈だった。 でも、違った。 棚と棚の僅かな隙間の陰りに一つの眼が覗いている。 鮮烈な光を放つ瞬きもしないその片方の目に僕は一瞬で囚われた。 それは不意に消え失せたかと思うとドアの向こうから全身を伴って現れた。 「深山木……」 深山木は笑った。屈託ない笑みで、鮮烈な光の余韻が瞳の中で揺らめいていた。 「帰ろうよ」 腕を引っ張られて僕は雑巾を取り落とした。 その雑巾を拾い上げる暇もなく、クラスメートが呆気にとられている中、実験室の外へと連れ出された。 「おい……ちょっと」 縺れるような足取りで廊下を歩かされる。擦れ違う生徒全員の注目を浴びた。 いきなりの拉致行為に赤面する余裕すらない僕は深山木の後頭部に声を振り絞った。 どこ行くんだよ。 ホームルーム、まだ終わってないんだぞ。 深山木は振り返らなかった。 掴まれた手首の関節が痛み出し、振り払おうと試みたものの、深山木は尋常でない程の力を込めていた。 骨が折れるまではいかない、だけど何が起ころうとも絶対に離さない。 そんな傲慢さを感じさせる力の入れようだった。 結局、生徒用玄関ではなく渡り廊下から校外へと内履きのシューズのまま連れ出された。 パンジーの植わった横断歩道前で深山木は足を止め、力を弱める。 僕はその隙を見逃さなかった。

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