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「どうかした?」 やっと、深山木は振り返った。 僕に振り払われた手が変な格好で宙に浮いている。 車道を走るバスに半袖のシャツをはためかせながら深山木は笑った。 「澄生は手首細いな」 彼は自分の手首を頭上に翳した。 血管の浮き出た、僕より少し太い腕。 身長も深山木の方が高い。 多分、一七〇センチくらいだろう。 「あれ、俺とそんなに変わらないかな。手はどうだろ」 今度は僕の手をとると掌を合わせてきた。歩行者信号が青になり、周囲に疎らにいた通行人が歩き出す。 彼は手の大きさを比べるのに夢中になっていて信号脇に突っ立ったままでいた。 信号が点滅した時点で深山木は気がついた。 「……うわ!」 僕は再び仰天する。 車道の信号が青に変わった瞬間、彼は僕の手を引いて横断歩道に踏み出したのだ。 クラクションが激しく鳴らされ、頭の奥が打ち震えて、僕はもう何が何だかわからなくなった。 また、深山木に手首を掴まれて河川沿いの舗道を前進する羽目になった。 「……どこ行くんだよ」 「散歩だよ」 柳の木がしな垂れた枝葉を揺らめかせて寂しそうに踊っている。 眼下に連なる河原ではランドセルを草むらに放った小学生達が元気に飛び跳ねていた。 僕はほぼ初対面の彼にどう接していいのかまるで判断がつかなかった。 「澄生はずっとここにいるの?」 背中越しに、あの目がこちらを顧みる。 僕は斜め下に視線を縫いつけて頷いた。 「ふぅん。俺は来たばっかり。あ、この辺って蝙蝠多いよな。蜥蜴とか虫とか。夜に鳴く鳥もいるし」 そんなの初耳だ。 フクロウの事を言っているのか。 それか聞き間違いに違いない……。 「三日月がすごく綺麗だった」 足を止めた深山木は体ごと僕の方へ向き直った。 「……ああ、そう」 「鋭くて冷たそうで」 深山木の髪が揺れていた。 僕も黒髪だが、艶が全く違う。 彼の髪は午後の日差しを吸い込んで清らかそうに煌めいていた。 こういう綺麗な黒をカラスの濡れ羽色って言うのかな。 「よく尖った刃物みたいだった」 手首をずっと握っているのは、昨日、僕が逃げ帰ったのを根に持っているから? 無意味な話をする深山木を前にし、僕は午前中よりも霞んだ空の下でため息を殺し続けた。

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