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小学五年生の頃、空き地で黒猫を拾った。 僕は黒猫にチクという名前をつけた。 よく指先に噛みついてきてチクチクと痛んだからである。 爪を立てて膝によじ登ってくる小さなチクは可愛くて仕方なかった。 宿題や友達の誘いもそっちのけで僕はチクと遊ぶのに夢中になった。 チクはラーメンが好物だった。 箸で摘んだのを鼻先に垂らすと喉を必死に反らしておいしそうに喰らいついていた。 あの頃、僕は世界で一番チクが好きだった。 「……昔、飼ってた猫が死んで。それからはあんまり」 「ふぅん。どんな猫? 名前は?」 深山木は矢鱈とチクについて尋ねてきた。 僕は片言で教えてやりながらも、掴みどころのない彼に当惑し、ひたすらそちらを見ないようにした。 残酷なくらい他人に無関心かと思えば、執拗に付き纏ったり、穏やかだったり。 綺麗な顔なのに靴はすごく汚くて、中間服の着用が定められている五月半ばの校内で一人だけ半袖姿の浮いた存在。 お前、一体何考えてるの。 「ここ、俺の家」 深山木の家は古びた平屋造りの和風家屋だった。 広々とした庭には菜の花や紫陽花、ツツジが植わっていた。 干乾びたような紅梅の枝には半分に切られた蜜柑が刺さっている。 枝垂れ桜、木蓮、銀木犀、金木犀、柊木、柿、松などの木々もあった。 背の高い広葉樹が頭上高くに枝葉を伸ばして日除けの役割をこなしている。 物干し竿の周辺は真緑の雑草でいっぱいだ。洗濯物は干されていなかった。 庭の端には飛び石を連ねた先にこぢんまりとした瓦屋根の離れがあった。 雨樋との隙間に立派な蜘蛛の巣がかかっている。 白い壁には太った蜥蜴が一匹悠々と這っていた。 門扉を開いた深山木は母屋の玄関を素通りしてだだっ広い庭を横切り、その離れの軒下で靴を脱いだ。 僕も隣で靴を脱ぎながら自分も何を考えているのだろうと疑問に思った。

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