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「やっぱり……帰る」
逃げ出そうとしたら右手首を掴まれた。
「やっぱりセックスした事ない?」
容赦ない力で蒲団の上に叩きつけられた。
腹這いにされ、のしかかってきた深山木に体が勝手に竦み上がった。
深山木には抗えない。
その瞬間、はっきりと自覚した。
「……深山木……」
僕にできたのは苦しげに彼の名を口にする事くらいだった。
深山木は僕の正面に手を回してシャツを捲ろうとしている。
僕は必死で思った。
彼に抗えないのは僕だけじゃない。
セーラー服の内側に手を許したあの女子やクラスメートもみんな、みんな彼に従うって。
「名前、呼んでよ」
首筋に顔を埋めた深山木が耳を噛んでくる。
僕は顔を顰めて呻いた。
「やってみる?」
深山木は何のためらいもなしに二度目のキスをしてきた。
仰向けにされた僕はぎゅっと目を瞑った。
こんなに近くで彼の目を見たら、きっと毒に中てられる。
神話に出てくる怪物がその呪いの目で人間を石化させるように、よくない事が起こる……。
舌が口の中を掻き回し、手が、執拗に胸の上を撫でた。
爪の先で皮膚を引っ掻かれると頚動脈の辺りが粟立った。
「……ッ」
深山木の唇は唇に喰らいついたまま、しばらく離れなかった。
口の中が舌と唾液でいっぱいになる。
息をするのも困難で、彼の手が股間に伸びた時には口の周りが一気に濡れた。
「気持ちいい?」
掌の内側で擦らせて、指先を頻りに蠢かせて、深山木は僕を苛んだ。
彼の唇からやっと逃れられた僕は横を向いて歯を食い縛った。
猫を優しく撫でていた手が僕の欲望を明け透けにしていく。
そこに他人の温もりを覚えるのは初めてで、臆する心と反対に体は発情し、僕は無様に達してしまった。
「あ……ッ」
下顎へと滴っていた唾液を、大胆な舌遣いで舐め上げられた。
絶頂へと追い立てられたばかりの僕は震える。
勢いある射精の余韻が下肢から全身に広がって、熱せられて、とんでもなく疼いていた。
心臓から送り出される血液が熱湯と化したみたいだった。
「ふ……ぁ」
また深山木にキスをされた。
さっきよりも敏感となった舌の上で生じる刺激に僕は声を洩らす。
理性は「この馬鹿、やめろ」って叫んでいたけど止められなかった。
赤く膨らんだ胸の突起を抓られるとあられもない暴走は加速した。
湿らされて、吸いつかれて、甘噛みされる。
犬歯が食い込む痛みに涙が出た。
「んん……ッ、ん」
「澄生、今度は一緒にイこう?」
ベルトとファスナーが蔑ろにされる音を耳にし、遮断してばかりいた視線を恐る恐るそちらに向けた。
下着をずり下ろして取り出された勃起しかけの他人のペニスに言い知れない眩暈を感じた。
次の瞬間、我に返って起き上がろうとしたら深山木に押し止められた。
「そういう顔もいい。可愛い」
「……深山木」
僕の両足の間に割って入り、上体を前に倒して、深山木は自分と僕のペニスを片手で一緒に掴んだ。
「ッ、ぁ」
共に扱かれて際どい摩擦が起こる。
深山木の匂いが染み着いたシーツに片頬を埋めて僕は腕を噛んだ。
いやらしく擦れ合う部分が水音を立てている。
互いがしとどに濡れて、僕の呻き声は喘ぎに変わって、深山木の息切れと重なった。
「名前、呼んでよ、澄生」
瞼の裏に満ちた暗闇はどこかに続いている迷路みたいだった。
帰り際にもう一人の住人を見かけた。
庭を横切ろうとしていたら母屋のガラス戸がおもむろに開かれて声をかけられた。
灰色の髪を丁寧に結い上げた、姿勢がとても綺麗な女の人だった。
僕は夕食の誘いを言葉少なめに断って足早に深山木の家を後にした。
五時を知らせる町内放送はすでに鳴り終わっていた。
電線で休んでいたカラスが羽ばたいていく。
茜色と藍色が混じり合う空はいつもの見慣れた夕焼けで何の感慨にも耽られなかった。
一番星のささやかな輝きも。
五月の芽吹きの薫りも。
ただ鬱陶しい。
住宅の石段へ移動していた三毛猫に凛とした眼差しで見据えられ、僕は駆け足で自宅へと逃げ帰った。
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