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雨の多い時季、離れのそばでは紫陽花が涼しげに花を咲かせていた。 「ほんとにいたんだ」 深山木はそう言って庭石にくっついていたカタツムリを僕の手の甲に乗せた。 カタツムリはぬるぬるとした感触を肌に伝えてきた。 深山木は角を出す様に子供みたいに見惚れている。 僕は不快でもなく夢中にもなれず、笹の茂る辺りにしゃがみ込んで世にも鈍い生き物を見下ろしていた。 もう一人の住人は昼寝中らしい。 母屋のガラス戸はどこも閉ざされて薄暗い沈黙を湛えていた。 僕の手の上を這っていたカタツムリを庭石に戻すと深山木は唐突に口づけてきた。 地面に押し倒された僕は張り巡らされた枝葉と何層にも重なった分厚い雲ばかりを見上げる。 こんな時、深山木の両目と向かい合うのはやはりためらわれた。 絡み取られた舌の弄ばれる感覚を嫌という程味わって先程のカタツムリの湿った感触を思い出す。 土臭くて頭が冷たくなる、じめじめとしたキスだった。 「……深山木、駄目だよ」 低木、高木の鬱然とした生け垣が板塀と共に外縁を囲んでいるので通行人の視線は遮断できる。 しかし母屋のガラス戸がいつ開かれるかわかったものではない。 僕はシャツのボタンを外そうとする深山木の手を掴んで、遠慮がちに彼を拒んだ。 不機嫌になるかと思いきや深山木は大きな目を見張らせて嬉しそうに言った。 「手、初めて握ってくれた」 意外な切り返しに困惑していたら、起こされて、ぎゅっと抱き着かれた。 雑草の露を含んで冷たくなった背中に彼の両腕が巻きつく。 「澄生から握ってくれたの、初めてだ」 果たして今の会話は噛み合っていたのだろうか。 毛先に少し癖のある艶やかな黒髪を見下ろして僕はいぶかしんだ。 深山木は僕の後ろの襟髪を軽く引っ張っている。 鼻先が耳朶に当たってくすぐったかった。 「澄生の髪っていいな」 彼は、学校でも放課後でも頻繁に指の関節に僕の髪を掬いたがった。 こんな風に引っ張ったり噛んだりもする。 教室でぼんやりしていたら旋毛に頬擦りしてきた事もあった。 「……どこがいいんだよ、こんな髪」 「俺は好きだよ。手触りとか気持ちいい」 母屋を気にする僕の心中も知らないで深山木はなかなか離れようとしない。 とうとう小雨が降り出した。 緑いっぱいの庭がさらなる瑞々しさに満ちていく。 五月の甘ったるい新緑とは別の、べたつく重みを帯びた埃っぽい匂いが風に乗って流れてきた。 「駄目だって、ここじゃ……」 深山木が僕のベルトを外してスラックスの中に手を突っ込んできた。 「ん……ッ」 雨に濡れた深山木の髪に目が眩む。 息を殺して感じていたら、唇を抉じ開けられて、歯の裏を舐められた。 「唇も好きだよ、澄生の舌も、吐く息も」 雨のせいで口元がいつになく乱れた。 小雨であったのが本降りになってきた頃、ずぶ濡れになりかけた僕はやっと離れに通された。

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