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深山木の事を考えていたら、その声が突然聞こえてくるなんて。
顔を上げるとそこに幻影が立っていた。
シャツもジーンズも似た色の、カラスを髣髴とさせる黒に彩られた姿が。
「何してるの? 誰の墓?」
違う、幻影じゃない、暑さで参ったわけじゃない。
僕は細い通路に立つ深山木にちゃんと焦点を合わせるようにして問いかけた。
「そっちこそ何してるんだよ」
「じぃちゃんの墓参り。ばぁちゃんとタクシーで来た。好きだった焼酎と花、供えてきたんだ」
深山木の肩の向こうに白い日傘が見えた。
僕は慌てて挨拶をしようとしたが「なぁ、何してるの? 一人?」と、目の前までやってきた深山木に阻まれて完全にタイミングを失った。
「墓掃除。お盆になったら親戚が来るから、その前に綺麗にしておこうと思って」
「ふぅん。じゃあ俺も手伝う」
そう言うなり深山木は背後に向かって「ばぁちゃんは先に帰っていいよ」と声をかけた。
僕には断る暇もなかった。
軽くお辞儀をした日傘が去っていくのを墓石越しに見送る。
今年の墓掃除は長引きそうだな。
深山木は僕が首にかけていたタオルを無断で横取りし、頭に巻いて、勝手に素手で雑草を毟り始めていた。
「ーー蚊に咬まれた」
数分後、深山木の腕に虫除けのスプレーをかけてやって作業を再開した。
が、蘇鉄の葉を根元から切るのに集中していたら妙な声が上がったので再び中断して後ろを見やった。
「これ、痛いよ」
深山木は切り落とされた蜜柑の枝を指先で摘んでいた。
黄緑色の太いそれには大振りの棘がある。
怪我はしていなかったので、僕は満杯になったゴミ袋の一つを墓地の収集場まで深山木に運ぶよう頼んだ。
「あ」
まさか深山木がゴミ袋を落として中身をぶちまけるとは思わなかった。
塵取と箒を与えて再回収を促したものの、どうしてだか前にもまして散らかっていく。
これでは埒が明かない。
僕はエネルギー節約のため独り言を連発する深山木とは反対に無口を努め、再回収を含めた掃除を続行した。
背中をじりじりと照りつけていた西日が次第に弱まっていった。
子供の笑い声が遠ざかり、外灯に次々と明かりが点り出す。
三つのゴミ袋が満杯になって一段落ついた頃、腕時計を覗いて七時過ぎだとわかると今までの疲れがどっと出た。
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