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「もっと、強く握って、澄生」 耳元で深山木が囁いた。 俯いていた僕はきつく唇を噛んで声を殺し、個室のドアに頭の後ろを押しつけた。 勃起した僕と深山木のペニスに添えていた両手が精液でべたついてきている。 「声……出して? ここなら聞こえない」 特別教室が密集したフロアの隅にある男子トイレだった。 四時間目の授業中であり、周囲はシンとしている。 手首が何度も空を過ぎって、その際に生じる微かな音が鼓膜にはっきりと刻まれる程だった。 「やだ……よ。誰か来たら……」 密着させた下腹部の辺りが甘い熱に犯されていた。 僕の腰の肉を掴んでいる深山木の掌も熱い。 制服の内側は汗で湿り気を帯びて、指の狭間に覗く赤黒い塊は力強く脈打っていた。 「もっと扱いて、澄生」 深山木の囁きに頭の奥がツンと痺れた。 僕は初めて「イク」という言葉を使って達した。 慌ただしい九月が過ぎ去って気がつけば暦は十月に突入していた。 昼休み、僕と深山木はいつものように混雑する食堂で昼食をとった。 冷やかしや敵意塗れの視線を投じてくる生徒は大分減った。 反対に深山木に好意を寄せる女子が増しているようだ。 彼は、伸びた前髪を時々後ろで結ぶようになった。 その何の工夫もない無造作なスタイルが不思議と洗練されて見え、どこにいても誰かの注目を浴びていた。 文化祭でも体育祭でも深山木はそんな浮き足立つ彼女達に無関心を突き通し、僕の隣でうつらうつらとしていた。 「澄生、知ってる?」 定食を食べ終えた深山木がテーブルに身を乗り出してくる。 カレーライスを食べていた僕は水を一口飲んで「何を」と、聞き返した。 「国道沿いの廃墟に幽霊が出るって」 「ああ……」 元はラブホテルであったのが、一人の男が部屋で首を吊って、後日、その幽霊が出た。 そしてホテルは廃業になったとの噂だ。 実際、自殺は昔にあった。 山中にホテルの廃墟があるのも本当だ。 幽霊が出たかどうかは不確かだった。 「ふぅん。本当にあるんだ」 深山木の目が爛々と光ったような気がした。 僕は嫌な予感がしてスプーンに歯を立てる。 「じゃあ今日行こう」 ああ、やっぱり。しまった。 嘘をつけばよかった。 どうしてそんなに怪奇な話が好きなんだ、こいつは……。 「今日行こう。何が何でも今日。あ、でも場所わかんないや。澄生、わかる?」 また不運な事に僕はその場所を知っていた。 この界隈よりもっと辺鄙な母方の実家へ年中行事などで赴く道中、鬱蒼と連なる雑木林の向こうにホテルの看板が毎回見え隠れしていたのだ。 たった今、嘘をつくべきだったと後悔した口が深山木の小学生じみたテンションに促されて次の言葉を弾き出した。 「知ってるよ、場所」 深山木は笑った。 僕が嘘をつこうかどうしようか一瞬迷ったのにまるで気づいていない無邪気な笑い方だった。 僕の中で得体が知れなかった正体不明の深山木。 それがいつの間にか奔放で好奇心旺盛、童心漲る子供っぽい同級生へと変わり、誰よりも長い時間を過ごすようになっていた。 反応が予想できずビクついて返答に迷っていたのが、今は、がっかりさせたくなくて彼の笑みが曇らない台詞を選んでいる。 目じゃなくて、この笑顔に毒されたかな。 明らかに浮かれている深山木につられて僕も笑った。

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