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「しっかりしろ」 思わず一人呟いた。 意味もなく廊下の一点を見据えて唇を強く噛んだ。 確かめたらいい。 きっとただの思い過ごしだ。 行き先が定まった僕は教室へ戻り、バッグを掴み取ると廊下へ飛び出した。 階段で担任と擦れ違い「具合が悪いので早退します」と足取りを緩めずに報告した。 当然、大声で呼び止められたが振り返らなかった。 「病気で走って早退する奴がいるか、おい、渡来……!」 背中で聞き流して、僕は、走って深山木の元を目指した。 「大丈夫、ただの思い過ごしだ」と、何度も頭の中で繰り返した。 だけど心は焦る一方だった。 赤信号を無視して横断歩道を突っ走り、河川沿いを駆け抜けた。 中身が財布だけのバッグが矢鱈と重く思えた。 履き慣れた革靴も重石のようで、もっと早く走れたらいいのにと歯痒くなった。 僕は普段の片道時間を半分に縮めて深山木の住む家に辿着した。 息を切らす僕の前には日傘と小さな旅行鞄を持った「ばぁちゃん」がいた。 その隣には一昨日に話をした先生も立っていた。 いきなり走って現れた僕を二人は門前でにこやかに出迎えてくれた。 「町内会の旅行で近場の温泉に一泊するの」と、挨拶の後に「ばぁちゃん」は告げた。 「どうしようか迷ったのだけれど、あの子が勧めるものだから行く事にしたのよ」 僕は息を切らしながらも胸を撫で下ろした。 ほら、やっぱり。 昨夜見た鳥にバカにされた気分だ。 夢なんかに翻弄されて学校まで早退して、しっかりしろよ、情けない。 全力疾走に体力を使い果たし、ちゃんとした受け答えができないでいる僕に彼女は微笑みかけ、次に隣に立つ先生にも同じ表情を向けた。 「じゃあ行ってくるわね」 「ええ。ゆっくりしてきて下さい」 「家の事、よろしく」 そうして彼女は爽やかな日に満ちた朝の中を歩んでいった。 二人の遣り取りを目の当たりにした僕は無視できない確かな違和感を抱いていた。 やけに親しげだった口調が気になって、そのまま正直に先生へ問いかけてみた。 「先生は……深山木のおばあちゃんとも仲がいいんですか?」 先生はその問いに答えなかった。 肩で息をする僕の元へおもむろに歩み寄ると静かな声を紡いだ。 「貴方が来てくれたらと、そう思っていました」

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