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目の前に麦茶の入った吹きガラスのコップが置かれる。 炬燵机を挟んだ向こう側に先生は腰を下ろした。 「……お母さんが死んで……それからお父さんが」 「ええ。そうです。母親は交通事故で亡くなり、その一年後、彼女の命日に父親が自ら命を絶ちました」 僕は何を言った? あの時、深山木に何をした? 深山木は僕に何て言った? 『俺の事置いていったりしないで』 僕は家族から取り残された深山木を置き去りにした。 傷口の上に傷を重ねたのだ。 「由君はきっと貴方を待っています」 自分の身勝手さが深山木を追い詰めた。 その事実を先生に伝える強さが僕にはなかった。 情けない。 不甲斐ない。 自分が誰よりも憎らしくてならない。 痛みに足をとられるのが怖くて、過去の傷に縛られていて、弱い……。 「以前から由君はここに興味を持っていました」 自分の弱さと、悪夢が正夢となりかけた現実に打ちのめされていた僕は瞬きする。 雁字搦めに絡まっていた思考を解くような声音に誘われて先生を見やった。 「幼い頃の由君の遊び相手になった事があり、話をすると、ここに来る事を何度も望んで。そうして家族を失っても尚、今後を相談し合う親族の方々を遠目に、私に再び願いました」 私の生まれた場所がここでよかったと、先生はそう続けた。 その不思議な微笑を改めて見、僕は、この人は深山木の何もかもを知っているのだろうと思った。 深山木の傷の深さも。 多分、僕との関係も。 全てを知った上で深山木を見守っているのだと。 庭で雀の鳴き声が盛んに行き交った。 先生は白い首筋を僅かばかり反らせてそちらに視線を投じた。 「最も気がかりなのは、」 不吉なものを孕んだ風がさっと首筋を撫でたような気がした。 命日が近い、という言葉だけかろうじて聞き取れた。 後はノイズがかった耳鳴りに掻き消された。 考えるのが怖い。 思考を手放したくなる。 ああ、だけど、でも。 深山木が父親と同じように家族の後を追うっていうのか。 だけど傷つけたのは僕だ。 深山木に凶器を持たせたのは僕の無責任な言動が招いたことだ。 死者じゃない。 「僕が悪いんです」 僕は庭先の離れを見つめる先生に視線を据えて掠れそうになる声を振り絞った。 「昨日、深山木を傷つけるような事をしてしまって……深山木は何も悪くなかったのに。僕はとても自分勝手で……ひどい事を」 「それでも彼は君を待つでしょう」

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