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深山木の父親にその兆候は見られなかったという。
妻の事故当時は憔悴しきっていたが息子と共に生活し、仕事にも出、深い悲しみを乗り越えて日々を送っているように傍目には見えた。
妻の命日。
前々から職場に休暇をとっていた父親は息子が学校に行っている間に最愛の人が眠る墓へ一人出向き、鋭くて冷たい、よく尖った刃物で手首を切った。
「自分の無力さを思い知らされたような出来事でした」
先生は一枚の写真を見せてくれた。
ランドセルを背負った深山木と彼の両親という人達が写っていた。
満開の桜を背景に笑顔を浮かべる家族。
僕が知らない小学生の深山木。
無意識に指先が彼の幼い輪郭をなぞっていた。
「残された由君の唯一の願いを叶えたいと思い、私は、自立できるようになるまで彼を預からせてもらえないかと親族の方々に申し出ました」
話し合いの末に親族の了解を得た先生は深山木の願い通り自分の生まれ故郷へ彼を連れて行った。
新品の革靴を一日で汚してしまった少年に絶望の翳りは見て取れず、どこまでも無邪気で、この土地で新しい生活を始めても大丈夫だろうと思い至った。
先生がいなくても大丈夫だよ。
深山木自身、そんな台詞を笑顔で平然と口にしたくらいだった。
だが両親の命日が間近になると先生の懸念は生まれた。
一つの恐れは胸に落ちて歪な波紋を描き、容易に静まらず、延々と波打つようになった。
その日はそばにいよう。
先生は休みをとり、深山木のいる故郷へ戻ってきた。
「台所で手首に包丁を押し当てる由君を見た瞬間、亡き妻を追った友人の姿を重ねずにはいられませんでした。ですが、幸いにも彼は自ら包丁を離しました。澄生君。貴方の名前を呼びながら」
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