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5-6
金木犀が香る、相変わらず所狭しと緑の生い茂る庭だった。
先日に訪れたばかりだが、見慣れていないという妙な余所余所しさが湧いてくる。
これまでにない不安に駆られた心境のせいかもしれない。
物干しの辺りまで進んで、いざ離れを目前にすると足が止まった。
本当に深山木は僕を待っているのだろうか。
本当は会いたくないんじゃ。
あんな言葉をぶつけられて置き去りにされて、自ら手首を切ろうとして……そこまで追い詰めた僕を憎んでいるのではないだろうか。
深山木はもう僕に笑いかけてくれないかもしれない。
一歩、雑草を踏み潰して前へと進んだ。
足が重い。
行きたいのに行きたくない。
とても怖かった。
心底自分の言動を悔やまずにはいられなかった。
深山木、深山木、ごめん……。
引き返したい衝動を懸命に抑え、僕は鍵のかけられていない窓を開いた。
カーテンの向こうに大きく盛り上がった蒲団が見える。
声をかけようと口を開いたものの喉が渇いていて言葉がうまく出てこない。
名前すら呼べなくて呼吸の仕方も忘れそうになった。
僕はぎこちない動作で部屋に上がって敷物の上に立った。
「……澄生?」
蒲団の中からくぐもった声がした。
頭から蒲団を被っている深山木の傍らに膝を突いて、何とか声を押し出そうとした。
「澄生、俺、死ねなかった」
深山木が僕の努力を遮ってぽつりと呟いた。
「怖くて死ねなかった。そうでもしなきゃ澄生のそばに行くから、止められないから、死のうと思ったのに」
僕は後悔や恐れも薄れる既視感の衝撃に立ち竦んだ。
やっぱり命日は関係なかった。
自ら死のうとしたんじゃない。
僕の身勝手さや言葉が凶器になって深山木の息の根を止めようとしてたんだ。
「深山木」
僕の視線の先でゆっくりと蒲団が滑り落ち、ぼさぼさの黒髪が現れた。
「ごめん、澄生」
深山木は俯いていた。
震えた声。
膝の上で握り締めた拳も小さく痙攣していた。
包帯が巻かれているわけでもない無傷の手首に僕は溢れ出る血の残像を見た。
「ごめん、俺……澄生だけには……俺……」
だけれども夢の中と現実での涙は全く違っていた。
抱き着いてきた深山木は子供みたいに泣きじゃくった。
静かな、投げやりな、どこか狂ったような泣き方ではなかった。
大声で泣き喚いて何度も苦しげに声を詰まらせ、僕に無我夢中でしがみついてきた。
かける言葉も見つからない僕は深山木をただ抱き締め続けた。
腕の中のこの温もりが失われないでよかったと。
ただそれだけを思った。
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