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「チク」 黒猫を見つけた瞬間、僕の口からは懐かしい名前が零れていた。 そして、次の瞬間、そんなわけがないと思い至った。 チクはもうどこにもいない。 蒸し暑いあの日の昼下がり、僕の目の前で地上から永遠に跳躍したのだから。 上体を捻じ曲げたまま凝視していたら黒猫はもう一度鳴いた。 「……チク」 鳴き方も姿形も、とても似ていた。 半端な長さの尻尾や少しある白い毛の部分、大きさ。 これで赤い首輪をしていたら完全にチクそのものだ。 僕は黒猫へと近づいた。 ゆっくり手を差し出すと落ち葉をかさかさ言わせて黒猫は自ら寄ってきた。 親指の付け根に額を擦りつけ、喉を鳴らす。 ざらついたピンクの舌に手の甲を舐められるとつい笑い声が出た。 「猫がいる」 深山木が戻ってきた。 一体何をしようとしたのか、髪の毛には枯れ葉がくっつき、スニーカーの先は泥で汚れている、爪の中にも土が少し詰まっていた。 深山木の足元へ移動した黒猫は腹を上にして戯れた。 深山木はそんな黒猫を軽々と抱き上げた。 小さな額に顔を寄せて楽しげに笑う。 「そうか、そうだったんだ」 しゃがんだまま彼等を見上げていた僕に深山木は言った。 「ここにいたのはチクだったんだ」 黒ずくめの彼が艶めいた漆黒の毛並みを撫でている。 黒猫は心地よさそうに目を瞑って、その両腕の中に甘んじている。 「前に澄生が話してくれただろ? 澄生にもう一度会いたくて、ここで待ってたんだ」 深山木は優しい手つきで黒猫を地面に下ろした。 黒猫は僕の腰元に体を密着させつつ、ぐるりとその場を一周した。 「ほら、喜んでる。お前、澄生にまた会えてよかったな」 黴臭いベンチに腰を下ろして深山木は急に押し黙った。 両手で黒猫を撫でていた僕は温かでしなやかな肢体を抱き込んで深山木の隣に座った。 木々の影を纏った廃墟が僕達を見下ろしている。 葉擦れの音色はまるで廃墟の囁きさながらであった。 「死んでも澄生に会いたい。俺も、そう願うと思う」 深山木は俯きがちにそう呟いた後に「ごめん」と小さく続けた。

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