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口実⑥

先延ばしにしても、結局は別れなければいけないのなら、〆切の修羅場に入る前にお礼と称したお別れをしてしまおうと、葛西君に連絡を取った。 きっと仕事で忙しいはず…と敢えてラ◯ンで送ったのだが、すぐに電話がかかってきた。 「須崎さん?明後日の土曜日どうですか? 俺、予定ないので時間合わせますよ!」 「あ、わざわざ電話 すみません。 明後日、大丈夫です。こちらこそ時間合わせます。」 「じゃあ、お昼ご飯何か簡単に作りますから一緒に食べてもらえませんか? 12時にシルバと(うち)に来て下さい。お待ちしてますから。」 「それじゃあお礼にならないじゃないですか! 逆ですよ。 どこか美味い店にと思ってたんですが。」 「俺がそうしたいんで、ご遠慮なく! 好き嫌いないですよね?」 「え…いいんですか?俺達は何でも食べれるんだけど、それじゃあ申し訳ないよ。」 「決まりですね!あ、手ぶらで来て下さいね。 明後日!土曜日!12時!必ずですよ! じゃあ!」 元気な声が耳に残った。 違うだろう…お誘いを受けてどうするんだ。 外で食事して、銀波用に散財させた金額に上乗せしたお礼金と、例のプレゼントのシャツを渡して、これで、もう、サヨウナラ って段取りが、脆くも崩れた。 しかもその誘いを喜んでいる自分がいる。 ダメじゃないか… 銀波にあんな偉そうなこと言っておいて。 「…黒曜!黒曜?どうしたの?」 ハッと下を見ると、銀波がじっと俺を見ていた。 「あ…あのさ、明後日のお昼、葛西君のお家に行くことになったから。 お昼ご飯食べさせてくれるんだって。 逆なんだけどな。また甘えちまったよ。」 「ホント?ママに会えるの?やったぁ! …でも、これで最後…だね。」 耳も尻尾も見事に垂れ下がった銀波は、とぼとぼと部屋の隅に行ってチビ狼の姿に戻ると丸くなった。

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