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新しい生活⑤

あれこれと世話を焼く黒曜さんに 「もう大丈夫ですから…」 と何度もやんわりと断っても 「輝は今日、俺の言うことを聞いて。ね?」 と愛おしげな目をして頭を撫でられ、小鳥が啄ばむようなキスをされたら、それだけで反論できなくなる。 俺の介抱をするのがうれしくて堪らないと言うこの恋人(ひと)は、今まできっと、こんな風に誰か他人と密に接することがなかったのかもしれない。 家族やシルバは別として。 そう思うと無下に断ることもできなくなった。 部屋を移動する時には抱きかかえられ、食事も着替えも黒曜さんが全部してしまう。 それもうれしそうに。 誰かと深く関わらないように過ごしてきた、この人の人生を思うと切なくなった。 もし、もし俺と出会わなかったら、この先、恋人と言えるような存在に巡り合わなかったら… この人はシルバのための人生を送り、自分のことは二の次三の次で後回しにして、その一生を終えていたのかもしれない。 出会えて…よかった。 優しく淋しい心を持つこの恋人(ひと)に。 シルバは いずれこの家を出て行くだろう。 その時、黒曜さんの側に俺がいることができたら… 「…輝?どうしたんだ?まだ痛むのか?」 「えっ!?どこも痛くないです。どうして?」 「『どうして』って…俺が聞きたい。 涙が…輝、泣いてる。」 黒曜さんは俺の頬と目尻に溜まった涙を指で優しく拭ってくれた。 「…俺、泣いてたんだ…」 ぼそりと呟くと 「…ひょっとして…後悔してる? 俺との関係を…」 青い瞳に薄っすらと哀しみの色が宿った。

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