176 / 337

てんやわんや⑥

ぼおっとしたまま、弁当を食べて、三時の約束に間に合うように会社を出て、何を交渉したかはっきりと覚えてない上っ面の契約をした。 ひと息入れよう… 重い足取りで、いつも賑わっているコーヒーショップのチェーン店に滑り込んだ。 いたって普通のコーヒーを注文して席を探していると、見慣れた後ろ姿があった。 まさか… 「黒曜さん?」 振り向いたその人は、一番会いたかった人で… 「輝!偶然だな、仕事中か?おいで!」 気持ちの整理がつかなくて、その場に立ち尽くしていた。 「輝?」 俺はコーヒーを持ったまま、不覚にも声も出さず、頬に何か冷たいものが流れるのを感じていた。 何かを察した黒曜さんは、テーブルの上のパソコンを手早く片付け、俺の肩をさり気なく抱くと店を出た。 車に誘導され、ドリンクホルダーにコーヒーを置くと、静かにアクセルを踏んでどこかへ連れて行かれる。 車中では、しっかりと俺の手を握ってくれていた。 やがて車は、公園の駐車場に停まった。 その頃には泣き止んでいた俺は、エンジンを切った黒曜さんの方を向いて 「お仕事の邪魔してごめんなさい。 もう、大丈夫。 一番会いたかった人に会えたから、気が緩んじゃって…ごめんなさい。」 ウエットティッシュで、そっと涙の跡を拭いてくれた黒曜さんは 「大丈夫じゃないだろ?俺には言えないことか?」 と心配そうに俺の顔を覗き込んだ。 青い瞳が揺れている。 「実は…」 俺は、さっきの課長との会話を話して聞かせた。 黙って聞いていた黒曜さんは 「そうだったのか…人狼の会社だったのか… 銀波のことは心配しなくていいんだぞ?」 その後、言葉を続けようとした黒曜さんを遮って叫んだ。 「シルバのことだけじゃないんだ!」

ともだちにシェアしよう!