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いき違い①

それから、黒曜さんとの約束の時間に間に合うように書類を仕上げた。 いそいそと帰る準備をして、定刻ぴったりに部屋を出ると、黒曜さんに電話を掛けた。 さっきの場所で待ってるから、と優しく言われて心が躍る。 走らないようにしながらも、早く会いたくて急ぎ足になる。 「輝!走らないで!」 黒曜さんに叱られた。 「ごめんなさい。でも、走ってないから!」 ぺろりと舌を出して誤魔化した。 「大事にしないと…」 と、黒曜さんに(たしな)められる。 「大袈裟だよ。大丈夫だから。」 「身体が変わってるんだ。大事に越したことはない。 園長先生がね、教えてくれたんだよ。 『シルバちゃんのママ、赤ちゃんいませんか?』 って。 子供を受け入れる身体になると、甘い匂いに変わるんだって。 確かに、輝の匂いが変わってる。 元から良い匂いなんだけど、もっと甘く、もっと優しくなってるんだよ。 妊娠してるかどうかは、もうしばらく時間が立たないとわからないんだけど、俺、ちゃんと避妊もせずに、欲のまま輝を抱いてしまって… ごめん。」 「…どうして謝るの?」 「だって…何の計画もせずに、無理矢理俺の物にしたんだよ? 輝の仕事のことやこれからのこと。 ちゃんと結婚式も挙げようと思ってるのに。 俺が自制しなかったせいで、輝に負担をかけてしまってる。」 「…俺は…もしできてたら、すごくうれしい。 ただそれだけ。 …黒曜さんは、嫌?」 「嫌な訳ないだろう!?うれしいに決まってる! いい年した大人のくせに、大切な人を悩ませる自分が許せないだけさ。 現に輝は仕事と家事と子育ての両立のことで悩んでるじゃないか。」 何も言い返せなかった。 その後はお互いに無言で、俺はぼんやりと外の景色を眺めていた。

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